ラ・バヤデール(@新国立劇場)3/2②

続き。

華やかな宴の宴もたけなわ、踊り子としてニキヤが登場します。婚約披露宴で恋敵のガムザッティと並ぶ恋人ソロルを前に、苦し気で悲し気な踊りを披露することに。ニキヤの悲しげな様子に平静でいられないソロル。ですが、福岡君演じるソロルは、ガムザッティと一緒になると決めているようです。ニキヤを目にして居心地は悪いけれど、かといってニキヤとよりを戻すつもりはない。ガムザッティはまったく動じず、自分が勝利者であるといった風情です。

絶望しながら踊るニキヤに、花籠が渡されます。ソロルから渡されたと思い、ソロルへの愛しさを込めて踊り続けるニキヤ。実はその花籠はラジャーの企みによるもので、中に毒蛇が仕込まれているもの。毒蛇に噛まれ、ガムザッティの仕業だと名指しするニキヤ。ニキヤが毒蛇に噛まれたことを目撃した時の米沢ガムザッティは、それに驚いていた様子でした。そして父ラジャーを見て、父が指示したことを理解し、納得していた様子。自分が直接指示を出したわけではなく、ニキヤを排除する共謀はしていたけれど、この場面で実行されるとは思わなかったという感じでしょうか。

瀕死のニキヤにハイ・ブラーミンが駆け寄り、解毒剤を与える交換条件に自分のものになるよう口説きますが、当のニキヤはソロルを仰ぎ見ます。自分の視線に応えないソロルに絶望したニキヤは、そのまま亡くなります。「ジゼル」なら亡くなった恋人に駆け寄るところですが、ソロルはいたたまれず、走り去っていき、2幕は終了です。

今回の花籠の場面、踊りが一部カットされていました。カットされていたのは、花籠がソロルからのものだと誤解したニキヤが、ウキウキして踊り始める場面です。花籠を持って大きく横にグリッサード(?)したり、徐々に花籠を持ち上げていって頭上に高く掲げてポーズする一連の踊り。他の版では普通に取り入れされている踊りですが、牧版では初演になかった踊りで、再演の時に組み込まれていました。今回はカットされたみたいですね。悲し気な場面でいきなりウキウキと踊り始めるのはちょっと違和感があり、なくてもいい踊りなのでは、と思っていました。が、ニキヤの感受性の高さを考えれば、その場その場で瞬時に感情が変わるニキヤの性格の一貫性の点では、あのウキウキダンスは整合性が取れていた踊りだったのかも。

3幕。ニキヤを死なせてしまった後悔で、現実逃避をしているソロル。牧版では水タバコを飲んで、夢の中に入っていくソロルとなっています。他の版ではアヘンを服用し、幻覚に見ることになっていますが、様々な配慮からアヘンから水タバコに変更しているのでしょうか。

影の王国。夢の中で、ソロルは岩の上に立つニキヤの姿を認めます。ニキヤが消えるや否や、舞姫たちが岩場から下りてくる幻影を見ます。

三段のつづら折りになった坂を32人の舞姫の幻影が、アラベスクを繰り返しながら音もなく下りてきます。アラベスクとそのあとの静止ポーズが一セットの同じ動作の繰り返しで、次々と舞姫たちが登場してきます。向きは違えど、すべての舞姫が同じ動作、等間隔なので、坂を下りていく途中で一番下の段、その上の段、またさらにその上の段にいる舞姫たちの動きが重層化されます。

縦・横の列ともに乱れはなく、踊りのタイミングは一緒。重なり合った踊りは、空間にレース編みで美しい模様が描き出されているようです。イスラム美術のアラベスクを人間の動きで表現すると、ここまで美しいものになるのか。静謐で哀しいけれど、美しい。美しいけれど、哀しい。

曲調が変わるのに合わせて、坂を降り終わった舞姫も、坂の途中の舞姫も一斉に舞台上に並びます。横に8人が等間隔に並び、奥に向かって4列整然と並ぶ姿は壮観、かつ荘厳です。クラシックバレエの群舞の美しさを堪能する作品は数あれど、(自分比では)この影の王国に匹敵するものは無い。影の王国の群舞は、クラシックバレエの粋を集めたものだと思います。この美しさは筆舌に尽くしがたい。新国立劇場の影の王国の群舞は、その昔、芸術賞を取ったこともあるくらいですから、何年かぶりの上演でもその精神が息づいているようです。

影の王国でのニキヤは、あくまで幻、現実感はありません。全体的にゆったりした踊りで、長いベールを小道具として使ったり、見た目よりずっと難しそうです。1幕の冒頭の恋人との喜びに満ちた踊りとも、2幕の悲しみにつぶされた踊りとも、雰囲気がまったく違います。小野さんが踊りやすいように、福岡君がタイミングをみながらベールを操っているのが印象的でした。

「ジゼル」のように、どこでニキヤはソロルを許するのかといった見方もあるようですが、観ていてよく分かりませんでした。ソロルの夢の中の話で、ニキヤが自分の意思で出てきているわけではなく、許す・許さないといったことはないのかもしれません。

ニキヤの姿を求め寺院に向かったソロルは、そこで結婚式に臨むラジャーとガムザッティに遭遇し、そのまま結婚式を行うことに。気の進まないソロルですが、ことここに至って逃げることは出ません。しかし、神の怒りをかい、結婚式を前に落雷により寺院が崩壊してしまいます。牧版は寺院を構成しているハリボテのセットがいくつか落ちてきます。ハリボテとはいえ、大きな塊が落ちてくると、おおっ!と思います。

混乱の中、斃れたソロル。天上に繋がる坂の前にニキヤをみつけ、後を追います。ニキヤの垂らしたベールをつかみ、ニキヤに続いて天上への坂を登り始めますが、途中で命尽きます。斃れたソロルを顧みることなく、ニキヤは前を見つめ一人天上に向かっていく、で終幕です。

神に仕える一人の女性を悲しませ、死に至らしめた罪は後悔ぐらいでは贖われることはないということでしょうかね。

ラ・バヤデール(@新国立劇場)3/2①

3/2のラ・バヤデール(@新国立劇場)に行ってきました。

冷凍イチゴケーキの衝撃は置いといて、公演の感想をメモ。

初日のラ・バヤデールは配役が豪華です。主役のニキヤは小野さん、ソロルは福岡君、ガムザッティは米沢さん、ハイ・ブラーミンは菅野さんという面子。いやがうえにも期待が高まります。実際、ニキヤ、ソロル、ガムザッティの3人がとても良くて見ごたえありました。

1幕。舞姫たちの踊りによる儀式が終わり、薄いベールを被ったニキヤが静々と登場します。ハイ・ブラーミンがベールをサッと剥ぎ取ると、小野ニキヤの全貌が露わになります。ベールが取られた瞬間のニキヤの様相は、静かな気高さ。崇高さを持った、神に仕える乙女です。

ハイ・ブラーミンはたまらず、ニキヤに求愛。菅野さん演じるハイ・ブラーミンは本来理性的な人物なのに、ニキヤに対してはどうしようもなく惹かれてしまう。聖職者としての自分の立場は分かっているけれど抑制がきかず、自分の思いを伝えずにいられない状態のように見えます。ステレオタイプの悪役ではありません。

ハイ・ブラーミンの求愛を拒絶したニキヤ。周囲に人がいなくなると、恋人の戦士ソロルと逢引きします。ソロルと二人きりの時のニキヤは、恋する乙女に変貌です。崇高な乙女の姿から、ソロルが恋しくてたまらず、愛しさがあふれ出て止まらない一人の若い女性の姿になります。小野さんのしなやかな背中が美しい。ラブラブモード全開、小野ニキヤと福岡ソロルの息の合ったパ・ド・ドゥで、1幕冒頭から満足度高し!

そんな恋するな2人ですが、ラジャーの娘のガムザッティとソロルの婚姻話が持ち上がります。ラジャーの命令に、当初は固辞するソロル。ですが、滅多に近くに寄ることも出来ない高貴なガムザッティの美貌を目にしたソロルは、ガムザッティに魅了されてしまいます。

福岡ソロルの気持ちも分からないでもない。米沢さんのガムザッティは美しかった。豪華な装いと輝かしい美貌、何者にもこびない高貴なたたずまいをそなえたガムザッティ。気位の高さもうかがわれます。手に入れたくても通常だったら手に入れられない女性が自分の妻になるとしたら、舞い上がってしまうのも頷けます。

ソロルは笑顔を見せてガムザッティと楽しいひと時を過ごしますが、一方のガムザッティは娘らしい恥じらいを見せるでもなく、表情の変化はほぼありません。なるほど、気位の高い深窓の姫君が、初対面の男性といきなり親し気な雰囲気で過ごすには無理があるというもの。高貴な方というのは、周りへの影響を考えて、感情をオープンにしないこともあります。

ハイ・ブラーミンのラジャーへの告げ口(ニキヤとソロルは恋仲という告げ口)を、陰でこっそり聞いていたガムザッティ。どんな女か値踏みし、ソロルと別れさせるため、ニキヤを呼び寄せます。ニキヤに面を上げさせてみると、その美しさに驚きます。宝石を渡して懐柔しようとするも、もらう理由はないと受け取らないニキヤ。ソロル肖像画を示し、別れを迫るも、がんとして譲らないニキヤ。なおも宝石を渡して、別れるよう命令するガムザッティ。米沢さんのガムザッティは、身分の低い女が自分の夫になる男性の心の中にいるのが我慢ならないという感じです。気位の高い姫君なので、別れるよう懇願するようなことはしない。このガムザッティは、ソロルに恋しているわけではなさそうです。

女性同士のいざこざの末、ナイフを目にしたニキヤは、そのナイフでガムザッティに襲い掛かります。召使に止められて、自分の思わぬ行動に動揺し、その場から逃げ去るニキヤ。ソロルとの熱愛ぶりからも分かりますが、神に仕える舞姫として、感受性が強いタイプの人物のようです。

ニキヤの凶行から逃れて、我に返ったガムザッティ。ニキヤへの怒り、ただではすまさないと決意を固めます。この一連の流れの米沢さんが怖かった。怒りの炎がメラメラと上がっていくのがみえました。米沢さんのガムザッティ、良い!

2幕に入ると、ガムザッティとソロルの婚約披露宴の場面になります。黄金の仏像の福田君の踊りは、いつものように身体能力の高さを見せる。ピンク・チュチュの五月女さんは小柄なのを感じさせない踊り。

2幕のガムザッティとソロルの踊りがとても良かったです。米沢さんも福岡君も技術に定評のあるダンサーですから、それぞれ素晴らしく、組んで踊るとさらに豪華になります。

米沢さんの踊りは、人間の身体ってここまで出来るんだ、こんなにコントロール出来るんだと教えてくれます。気負わないで披露する技術の高さが、ガムザッティの気位の高さとフィットしているように見えます。一方の福岡君は、米沢さんのピルエットを自然にサポート。そして自身の踊りは、後ろのカブリオール(なのかな?)で余裕を持って、空中でパタパタと足を明確に打ちつける。

 

長くなったので、続く。

イチゴとブルーベリーのケーキは凍っている

3/2のラ・バヤデール(@新国立劇場)に行ってきました。

公演の感想を書く前に、オペラ劇場のホワイエで食べたケーキの感想を。

食べたのはイチゴとブルーベリーのケーキです。このケーキ、一番上がイチゴソースと小さくカットされたイチゴとブルーベリーが載っており、その下がベリー系のムース、カカオ(チョコ)ポンジ、バニラムース、カカオスポンジといった層になっています。ベリー系ムースとカカオスポンジの色のコントラストが鮮やかで、一見おいしそうです。

1回目の休憩中に売り切れてしまって食べ損ね、2回目の休憩時に補充されているのを発見。内心やったーと思い、早速購入して食べてみました。

ですが・・・、ちょっと期待外れでした。一番上のイチゴソースとカットイチゴが合わされたものが凍っていて、食べるとシャリシャリとした歯ごたえがあり、冷たい・・・。口内に広がる強烈な冷たさで、味覚が麻痺します。そして、最上部の冷凍イチゴソースとイチゴの影響で、その下のベリー系ムースの上部が固くなっています。さらに最下部のカカオスポンジはパサッとしています・・・。凍ったイチゴソースとイチゴをフォークでコンコンと叩いても、ビクともしません。

上部が冷凍しているのは解凍が間に合わなかったのでは?と思い確認してみましたが、「こういうケーキです。」という回答。

本当なのか、その場しのぎなのか分かりません。最上部のイチゴソースとイチゴが凍っているだけで、他の部分は凍っていないので、本当に元々こういうケーキなのかもしれません。ですが、一部が凍って味覚が麻痺するほど強烈に冷たいケーキなんて、知っていたら買いませんって・・・。

そういえば、以前ホワイエで食べたピスタチオのケーキも若干凍っていました。今回のイチゴとブルーベリーのケーキも、以前のピスタチオのケーキも、安いケーキバイキング用のもののような味です。オペラ劇場外でこの値段(600円)で売っても、売れるか疑問の味です。

まるで営業妨害のようなことを書いてますが、帰宅してから一番心に残ったものを反芻すると、冷凍イチゴケーキの衝撃でした。公演内容が良かっただけに、冷凍イチゴケーキで公演の良さが減殺されてしまったのが残念です。

東京の秘湯をいく

タイトルがぶらり温泉一人旅のような感じですが、何のことはない、成人の日に奥多摩の浅間嶺の下山後、温泉に寄ったメモです。

温泉の名は蛇の湯温泉(たから荘)。東京で唯一の秘湯です。奥多摩周遊道路につながる檜原街道沿いにあります。

浅間嶺の登山口(下山口)は檜原街道沿いにいくつかありますが、当日は持っていく地図を間違えてしまったため、なじみのある浅間尾根登山口バス停の方に下りていきました。

バス停から檜原都民の森方面に向けて徒歩で20~30分。檜原温泉センター数馬の湯を過ぎてさらに進むと、進行方向右手にバーンと「蛇の湯温泉たから荘」という大きな看板が見えてきました。

「こんなの秘湯じゃない・・・。」

バイクでツーリングしている人やサイクリングしている人が、元気よく街道を走り抜けていくし、近くの公衆トイレ付近では工事をしているし、いくつも民家があるし、登山口もあるし。

さらに行くと、かやぶき屋根の古民家に到着しました。右手に見えた大きな看板は、宿の駐車場のためのものだったようです。たから荘はその向かい側の古民家。趣のある古民家は秘湯というに相応しいです。 軒先に「日本秘湯を守る会」と書かれた提灯が下がっています。

玄関を入るとすぐに、宿のご主人(?)が出てきました。内部は古民家らしく少々暗いものの、年季が入ってつやつやとした木材が良い感じです。何も言わないでも温泉入浴に立ち寄ったと察してくれて、案内をしてくれました。ザックを持って入っていいものかと思いましたが、特に注意は無かったのでそのまま持ち込ませてもらいました。

料金は1000円。脱衣所に貴重品入れ等は無いので、受付で貴重品を預かってくれます。受付で渡された紙の券に名前を書いて、氏名部分が空欄の半券をもらいます。帰るときにこの半券に氏名を記入し、預けた貴重品につけた半券の氏名と照合して、貴重品を返還してもらうシステムです。温浴センターなどでプラスチック製の番号札で荷物を預かってもらうのとシステムは同じですが、プラスチック製の番号札じゃないところが古民家の雰囲気に合っていて良いです。

浴室は母屋と階段でつながったはなれにありました。結構階段を下りるので、足の不自由な人は一人で浴室まで下るのは大変かもしれません。母屋は古民家といっても現代的に暖房がしっかり効いていましたが、浴室へと下る階段は暖房が効いていません。寒い・・・。そして脱衣場も暖房が多少は入っていたのかもしれませんが、ほぼ効いていませんでした。さ・・・、寒い!

脱衣場には温泉の成分表や、秘湯への思いが綴られた説明書き(?)が掲示されていました。色々な意見がある中で、守り続けてきた温泉なんですね。たから荘に向かう途中、明るく開放的な数馬の湯の前を通りましたが、気軽に入れる数馬の湯のような温浴施設も良いと思う一方、たから荘のような雰囲気のいい古民家に設置された温泉も無くして欲しくない。

寒い寒いと思って浴室に入ると、浴室内には誰もいませんでした。脱衣場は使った跡がありましたが荷物は置いてなかったので、温泉ひとりじめかなと思っていましたが、案の定。時刻は13:45過ぎ。秘湯の温泉ひとりじめは贅沢な気分です。

浴室は普通の旅館やホテルの大浴場と同じような感じです。露天風呂はありません。内湯が一つに、シャワー付きの洗い場が3つくらい(うろ覚え)。泉質は秘湯の会に加入している温泉なのでおそらく良いのでしょうが、泉質の違いが分かる人間ではないので、どうなのかよく分かりませんでした。硫黄の香りがしないので、硫黄泉じゃないことだけは確かです。浴室の窓からは下を流れる渓流が見えます。

浴室内にボディソープ、シャンプー、リンスの設置あり。その名も「秘湯ボディソープくまざさ、秘湯シャンプーくまざさ、秘湯リンスくまざさ」。これらは日本秘湯を守る会会員になっている温泉にしか卸していないもののようで、たから荘受付でも買えるらしいです。

湯上り後に食事をする登山者もいるようですが、どこで注文するのか分からず、預けていた荷物を受け取ったら、たから荘を後にしました。食事はどんな感じのものがあったんでしょうね。気になります。

その後は帰りのバスの時間まで、まだ間があったので徒歩で数馬の湯まで行ってみることに。数馬の湯は下山者や近隣の家族連れで賑わっていました。パンやこんにゃく、漬物、はちみつ、お菓子、野菜など檜原の特産品が売っていて、お食事処もあります。食べてみたかったじゃがいもアイスもここで食べることができました。じゃがいもアイスと普通のバニラアイスとの違いは・・・あまり分かりません。なめらかな食感で、じゃがいもが入っていると言われないと分からない感じです。

東京の秘湯メモは、これにて終わりです。

 

ニューイヤー・バレエ②

つづき。

帰路の途中でちょっと気になった可愛い子(娘)にちょっかいを出して、大事な火の鳥の羽根を奪われてしまう王子。娘と触れ合っている間は、羽根を奪われたことに気付きません。

火の鳥の羽根で父王の権力を強化しようとしているけれど、どう使うか明確なビジョンは持っていないように見えます。切実さのない王子だから、寄り道して簡単に羽根を取られてしまうのかも。火の鳥から羽根をもらう冒険はしても、王子の描く未来の世界は、今まで自分が歩んできた延長線上にあるようです。単純な人間で肩肘張っておらず、無理もしていません。ですが、そんな王子だから、娘の心の奥底に眠っていた女性性を呼び起こすことができたのでは?

娘から火の鳥の羽根を渡された反乱軍のリーダー。勝ち誇った表情を浮かべ、パッと羽根を掲げます。羽根を奪われたことに気付き、驚愕する王子。こういう間抜けな王子役が、井澤君、上手い。美形だから、滑稽には見えないし。

対して反乱軍リーダー役の福岡君は、クラシックの王子役で見せるノーブルさは皆無です。踊りはキレキレで、生き生きとしています。舞台の奥に向かってただ歩く後ろ姿にも存在感があります。反乱軍の一群と行動するときは、内に秘めた強さと統率力を感じさせます。踊りも良かったですが、存在感・演技力でも魅せていたので、ロミオとジュリエットのティボルトも合いそうだな、とぼんやり感じました。

反乱軍の召喚に応じて出現する火の鳥。旧来の世界を破壊し、新たな世界を創造しようとしている反乱軍と共にある火の鳥は、王子と邂逅した時のような妖しげな雰囲気はありません。暴力を是とし、力強さを感じさせる男性性を発していました。

羽根を取り返そうとする王子に、仲間を裏切り王子に協力しようとする娘。娘の裏切りに激高した反乱軍。反乱軍が娘を責め立てる中で、娘が少年ではなく女性であることが明らかにされてしまいます。

暴力が支配するさなかに、激高したテストステロン多めの反乱軍の男どもと、か弱い娘一人。後はまぁ、お分かりですよね、こういう場面で女性がどんな目にあうか・・・。どぎつい表現方法ではありませんでしたし、ストーリーの展開上しょうがないこととはいえ、新年からこんな場面観たくない・・・。

獣のように娘に襲い掛かる反乱軍の男どもに対して、リーダーは助けようとも制止しようともしません。このシーンで、王子やリーダー、火の鳥は何していたんだっけ?舞台からはけていたような気がします、うろ覚えですが。

もっと前の場面でリーダーに反発して独自の行動をとっていた反乱軍の一員もいたので、リーダーが制止したところで反乱軍の男性陣の娘への暴力は止めようがなかったかもしれません。そしてリーダーは、きれいごとだけじゃない、濁ったものも併せ呑む人物のようにも見えますし。

混乱の中ですべてが焼き尽くされ、舞台上に残ったのはボロボロになった娘と、火の鳥の死骸。あらすじによると、娘は自分の中に新たな命が宿ったことを悟る、とあります。そして死から蘇った(?)火の鳥が、娘に近づいていきます。

新生した火の鳥は、女性性も男性性も、善も悪もない、ニュートラルな状態になっています。娘に近づいても、娘の中の新たな命の萌芽を祝福するわけではない。ただ、火の鳥との接触で、新たな命がしっかり娘の中に根付いたかもしれません。

火の鳥は舞台奥に向かって、客席に背を向けて去っていき、そして舞台には娘が一人立ち尽くします。この時の12日の米沢さん、13日の五月女さん共に、表情が読み取りにくい。激しい暴力の末に傷ついた心と身体で嘆き悲しんでいるようでもないし、お腹の子とこれから強くたくましく生きていこうといった決意も感じられないし、希望を見出しているようにも見えませんでした。あの表情は何を表していたのだろう?あるがままを受け入れていくといった感じでしょうか?

最後の場面で、長い布(旗でもないし、横断幕でもない)をなびかせて、死んだはずの人々が舞台上を駆け回る演出は、何を示唆していたのでしょうか?

最後に?を残して中村恩恵さん版「火の鳥」は幕を下ろしました。観ていて分からない部分はありましたが、ストラヴィンスキーの音楽に触発されて、フォーキンの火の鳥とは全く違った世界を構築するのは、一言「すごいな」です。ただ日本のお正月には向いてない内容かも。

3演目めはフォーキンの「ペトルーシュカ」です。これもあまり観ない演目で、観るのは久しぶりです。直近で観たのは、東京バレエ団でローラン・イレールが主演した舞台だったでしょうか。この演目も、最後は物悲しくて、めでたさはありません。

カーニヴァルの日、見世物小屋の幕が開き、見世物小屋の親方の笛で、人形3体(ペトルーシュカバレリーナムーア人)が踊りだします。

最初は両脇の下の補助棒に身体を預けた格好で、脚だけの素早い動き。バレリーナ人形役の池田さんが可愛く、細かい脚の動きと音の合わせ方が見事でした。ムーア人人形(中家君)はどっしりと、力強く脚を動かします。ムーア人の顔の色が、黒(こげ茶)ではなく、褐色になっていたのが驚き。時代の変化に合わせて、差別や侮辱にならないように変えているのでしょうか。

この2体のテキパキした踊りと比べて、奥村君演じる人形ペトルーシュカは、脚はしっかり動かしているのですが、上体が右へ左へふらふらと動いています。バレリーナムーア人は上体がしっかりと微動だにしません。この3体の並びだけ見ても、ペトルーシュカは異質なことが分かります。ペトルーシュカだけ芯が通っていない感じです。

補助棒から解き放たれ、広場で踊りだす3体。バレリーナはやはり可愛く、ムーア人は力強い。ペトルーシュカは、ぎこちない踊りで、膝が曲がり、上体は背中を丸くして前方に傾け、腕は前にだらーん。弱そう・・・。ペトルーシュカは、バレエの登場人物(?)上、最弱のキャラクターかもしれません。「ドラえもん」ののび太君でさえ、ペトルーシュカには勝てるはず。

そんなペトルーシュカは、人形なのに心を持ってしまい、バレリーナ人形に恋をします。切ない恋心を訴えても、バレリーナは力強そうなムーア人が気になり、ペトルーシュカには興味を示しません。

筋肉バカ(?)風のムーア人は、バレリーナを追い掛け回すペトルーシュカを追い払おうとします。ムーア人の暴力から逃げようと広場に出てきたペトルーシュカムーア人はなおも執拗に追いかけ、刀でペトルーシュカを斬りつけます。凄惨な出来事に広場の人々はざわめき、斬りつけられたペトルーシュカの屍を囲むように事態を見守っています。そんな人々をかき分け、「心配ないよ。」とでも言うように、ペトルーシュカを持ち上げ人形であることを周囲の人々に示す見世物小屋の親方。安心した人々は三々五々帰っていきます。

最後に屋根からペトルーシュカの亡霊が飛び出し、ムーア人の非を訴える姿に、親方が恐れおののく。「ペトルーシュカ」はこんな感じで終わります。

奥村君、池田さん、中家君の人形ぶりが 良い。池田さんは人形役に徹しようと、できるだけまばたきをしないようにしていたように見えました。中家君も、深いことは考えない単細胞人形を演じきっていたし。人形模様の合間の広場の人々の踊りも楽しい。「くるみ割り人形」でも目を引いた速水君(悪魔の仮装という役柄。小汚い馬の扮装かと思ってましたが、違った・・・)は、今回も踊り終わりをピタッとしめるダンスを披露。

そして主役のペトルーシュカの奥村君。ぐんにゃりとして、芯が通っていない。自分の筋力で動かしているというより、魔法で動いている感じがします。振り子運動のようにぶらんぶらんと動き続け、腕は上げても、重力ですぐにパタンと下がります。上体はだらんとしていますが、足元を見ると意外に高くジャンプしていたりします。全身がだれているように見せかけて、身体のパーツごとに細かくコントロールしているようです。スッとした立ち姿で踊っているより実はハードで、難しそうです。表現面でもどうしようもない哀れさや物悲しさが伝わってきました。

火の鳥を演じた木下君といい、ペトルーシュカを演じた奥村君といい、不思議の国のアリスで白ウサギを演じた2人は、今回挑戦しがいのある役が配役されていました。2人とも今回の公演で、他のどの役に配役されるのが相応しいかと考えると、それぞれが演じたもの以外ないという気がします。奥村君はレ・シルフィードの詩人も合うと思いますが、それじゃ当たり前すぎてつまらないので、演じるならペトルーシュカでしょうね。

それにしても、中村版「火の鳥」を新年のガラに持ってくるなんて、挑戦的だなぁというのが今回の一番の感想です。

ニューイヤー・バレエ(@新国立劇場)

新国立劇場の「ニューイヤー・バレエ」(1/12、1/13)を観てきました。

個人的には楽しみましたが、「火の鳥」といい、「ペトルーシュカ」といい、新年のっけからめでたさがまったくない・・・。以前3月頃に中劇場でやっていたトリプル・ビルとして上演する方が相応しかったのではと思いますが、トリプル・ビルの枠が無くなってしまったようなのでニューイヤー・バレエでやるしかないのかもしれません。

さて、最初の演目は「レ・シルフィード」です。

10年に一度位の頻度でしか観ない演目だったのに、12月のマリインスキー劇場バレエの来日公演で2回、今回のニューイヤー・バレエで2回。1か月ちょっとの間に4回も観るなんて、どうしたことか!

12日はメインのシルフィードが小野さん、詩人が井澤君。小野さんはふわっと軽やか、重力を感じさせません。そして井澤君もアントルラッセが軽い。

(この詩人の軽やかさはシルフィード達につられてのものなのか。いや、もしかしたら詩人は生身の身体でシルフィード達と戯れているのではなく、精神だけがシルフィード達の元に飛んできているゆえ、軽やかなのか。)などと感じました。

小野さん・井澤君のペアを観ることはあまりありませんが、この組み合わせも安定感があって悪くありませんでした。ですが、井澤君の高身長は、長身の女性ダンサーと組まないともったいない気がします。

13日はメインは木村さん、渡邊君です。このペアは、シルフィードと詩人は恋人同士という設定に見えます。寄り添う姿に愛を感じる。

この日は上の方の階から観ていたので、コールドのシルフィード達のフォーメーションがよく見えました。左右対称に展開して、美しい。舞台上に描くフォーメーションをじっくり観られるのは上の階ならでは。こんな形を描いていたのか、と存分に楽しみました。新国立劇場バレエのコールドは本当に質が高いと感嘆。

両日同じ役を演じた寺田さんは調子が良さそうだったし、細田さんはポールドブラが優雅でした。

休憩挟んで、2演目めは中村恩恵さんが新たに振り付けた意欲作、「火の鳥」です。

この作品、フォーキンの火の鳥の世界観とは全く違います。事前に物語の設定が書かれたあらすじを読んでいないと、「???」になると思います。あらすじを読んでいても、何を表現しているのか観ていて分からない部分がありましたから。

あらすじによると、主な登場人物は火の鳥、独裁者の王の息子(王子)、反乱軍のリーダー、政治批判をしたかどにより処刑された王の元側近である人物の娘。王子は父王の権力をさらに絶対的なものにするため、一方反乱軍は王を倒すため、それぞれ火の鳥の羽根を入手しようとしているという設定です。

舞台の中央にショートカットで着の身着のまま、はた目からは性別も定かでないような娘(12日は米沢さん、13日は五月女さん)が一人うずくまっているところから始まります。家族も家も失い一人ぼっちになった娘は、生きる気力もなさそうです。そんな娘を見つけた反乱軍のリーダー(福岡君)が、行き場のない娘を男装させて、反乱軍に迎え入れます。リーダーは力強さだけでなく、包容力もある。

一方で火の鳥を探し、見つけた王子(井澤君)。火の鳥は木下君。赤い羽のついたガウン状の衣装に、ヒールの高さが20㎝という赤いハイヒールを履いています。

この王子と火の鳥が相対する場面が何とも妖しい・・・。

フォーキン版火の鳥は、やんちゃな王子が火の鳥を捕まえます。そして逃してもらいたい火の鳥が、交換条件として自らの羽根を王子に差し出すというもの。

対して恩恵さん版は、火の鳥は王子に捕まりません。王子の方が火の鳥に幻惑され虜になっています。そして優位に立っている火の鳥の方から、何の交換条件もなしに羽根を王子に渡します。中性である(と思われる)火の鳥の、雌の部分が王子に興味を示して反応したということでしょうか。火の鳥を演じている木下君が男性なので、女性性を出して王子に迫る(?)場面が、妖しさいっぱいです。この場面、女性ダンサーが火の鳥を演じても普通で面白くなさそうなので、男性ダンサーが演じて正解。

王子が火の鳥を羽根を手に入れたことを知った反乱軍。リーダーに救われた娘も、反乱軍の一人として加わっています。反乱軍の一人一人に設定があるそうですが、舞台を観た感じでは分かりません。王子が手に入れた羽根について善後策を講じた結果、反乱軍は女装をして羽根を奪うことに。襟元に巻いていた赤いスカーフをまちこ巻きのように巻き、クネっとしたポーズをして女装完成です。ここは、フォーキン版では捕らわれの乙女たちがリンゴを転がして遊んでいる場面の音楽が使用されていました。どことなくコミカルな音楽なので、反乱軍が女装して女性らしいポーズの研究をしているコミカルな場面と合っています。反乱軍と共に踊る五月女さんの身体能力が高い。五月女さんの方が米沢さんより少年っぽさを感じました。

反乱軍の思惑など知らない王子は、帰路で女性の一群(女装した反乱軍)に遭遇します。そして男装してさらに女装した(つまり本来の性に戻った)娘に目を止めます。うまく王子を騙して羽根を奪って来いとでも言うように、反乱軍の仲間から王子の前に突き出される娘。娘は最初乗り気ではなく、王子が娘に興味を示すと手で遮り、顔を伏せます。しかし徐々に本来の姿を解放するかのように、踊りが柔らかく滑らかでのびやかになっていきます。その結果、見事、娘は王子から羽根を奪うことに成功。といってもずる賢く、王子を騙して手に入れるという感じではありません。

つづく。

 

高尾の冬の風物詩

さむーい新年に高尾山に行ってきました。

目的は高尾の冬の風物詩を見るためです。高尾の冬の風物詩、それはシモバシラ氷の花。

12月に高尾山に行ったときは暖かな日だったので、見られませんでした。残念・・・。しかし今回はとても寒い日だったので、バッチリ!まだ小さな氷の花が多かったですが、数も多く、去年より色々な場所で見ることが出来ました。高尾は氷の花、いっぱい。

京王線高尾山口駅に到着したのは朝の7時。朝早いので閑散としているかと思いきや、お正月だからか、思ったより高尾山に向かう人がいました。その数30人は超えていたはず。

まず最初の氷の花スポットは稲荷山コースの登り始め。実はどこら辺にあるのか知らないのです。秋にシモバシラの花を見たのはここら辺だったかとあたりをつけて、キョロキョロしながら登山道を登っていきますが、見当たりません。この日の稲荷山コースの氷の花は不発だったようです。(下山時に会った人にも見られなかったといってました。)氷の花は見られませんでしたが、冬のやわらかな日が差す稲荷山コースは暖かで気持ちが良い。冬におすすめのコースです。

稲荷山コースを登って山頂は巻き、5号路からもみじ台の巻き道に行きます。もみじ台巻き道は氷の花が群生(?)しているスポットです。この日も巻き道をしばらく行くと、人だかり(といっても4~5人ぐらい)が出来ているのが見えてきました。

(あ、きっと氷の花があるんだ!)と思って近づいていくと、ありましたよ、小さな氷の花がたくさん。ざっと数えても20はありました。主にもみじ台側の斜面に見られるのですが、登山道の反対側、杉林側にもチラホラと氷の花がありました。

もみじ台巻き道をさらに行くと、氷の花が点在しています。

去年はこの先にもう大きめの氷の花が見られたはずと、ずんずん進んでいきます。そうするとありました。高さ8~10センチくらいの氷の花。シモバシラの枯れかかった茎を軸にして、紡錘形っぽい形をしています。これ位の大きさがあると見栄えがします。場所はもみじ台巻き道の終わりが見えるぐらいのところ。巻き道の終わりが見え始めたら、斜面を目を皿のようにして探せば見つかります。

もみじ台巻き道が終わると、もみじ台と一丁平をつなぐ通常の登山道に合流します。今回は、もみじ台の階段と一丁平に繋がる階段の間の平坦な道にも小さな氷の花がいくつも見られました。去年はここで氷の花を見ませんでした。ここにも氷の花が出来るとは知らなかったので見逃したのか、それともまだ無かったのか分かりませんが。陽当たりが良さそうな所なので、時間帯によっては消えてしまうかもしれません。

思わぬところで氷の花を見られましたが、お次は一丁平の巻き道です。ここでも小さな氷の花が群生していました。こちらも20以上、氷の花がありました。そして10センチぐらいありそうな大きめの氷の花も。

今年は氷の花をたくさん見たと、満足して下山を開始します。下山といってもこの日は山頂は踏んでいません。帰りはもみじ台巻き道から江川杉のある5号路を進んでいきます。杉林の反対側は高尾山山頂がある斜面です。何気なく山頂側の斜面を見て歩いていると、ここでも氷の花がいくつか見られました。去年はここでは氷の花を見ませんでした。もしかして、この日は氷の花を見るには当たりの日?

5号路を進んでいくと1号路が合流しますが、そのまま5号路を行くと、3号路や6号路に合流する前に、氷の花スポットがあります。たいてい人だかりが出来ていて、この日もご夫婦の登山者がいました。そして小さな氷の花がありました。陽当たりが良さそうに見える場所ですが、氷の花ができているところはしっかり日影になっています。私が見たのは朝の9時前ですが、陽の高さが変わったら日影だった場所も陽が当たってしまうかもしれません。

もうこれで自分の知っている氷の花スポットは終わりというわけで、薬王院に向かいます。9時を過ぎているので、薬王院内は人出が賑やか。

薬王院に寄ったのは、参拝と守護矢(破魔矢)の購入のためです。昨年の守護矢は返納するため、登山中ザックのわきにつけていました。はっ、もしかして氷の花をたくさん見られたのは、この日ずっと持ち歩いていた守護矢のおかげ?

参拝は済んだし、守護矢の返納と購入も済んだので、後は下山するのみ。山門をくぐって1号路を歩いていると、参道の脇でカメラを構えているおじさんを見かけました。枯れた植物が生えているだけなのに、何を撮っているんだろうと近づくと・・・。

ドライフラワーになった植物の茎の下の方、地面から出ている数センチの部分に細く小さな氷の花ができています。茎の上部は枯れてドライフラワーになった花、茎の下部は氷の花。こういった氷の花ができる植物もあるんだ!

氷の花ができていた花の種類は、アズマヤマアザミとカシワバハグマと教わりました。自分が知らないだけで、氷の花ができる植物は結構あるのかもしれません。何も無さそうなところで写真を撮っている人を見かけたら、勇気を出して声をかけてみると未知の情報をゲットできますね。ちなみにここで教えてくれたおじさんは、稲荷山コースでもカシワバハグマの氷の花を探したとか。この日の稲荷山コースでは、氷の花は時期が早かったようで見られなかったそうです。1号路で見られたものもまだ小さいと言ってましたので、もっと大きく見られる時もあるようです。

今回は、1号路、5号路、もみじ台巻き道、もみじ台と一丁平をつなぐ登山道、一丁平巻き道といった多くの場所で氷の花を見られました。というわけで、高尾は氷の花、いっぱい。