「仁和寺と御室派のみほとけ」展(@東京国立博物館)

国宝の秘仏を見たい。ということで、トーハクの特別展「仁和寺と御室派のみほとけー天平真言密教の名宝ー」に行ってきました。

後期展示で国宝の秘仏が展示されるようになると、グッと入場者が増えたという仁和寺展。金曜夕方ならそれほどでもないかと思って行ってみたものの、人気のある展示品の前はやはり混んでいました。

お目当ての秘仏その1の「国宝薬師如来坐像」は会場に入ってすぐに安置されています。360°からほとけ様を見られようになっています。鑑賞者がたくさん群がっています。展示ケースの間近で見るには列に並び、時計回りに少しづつ動きながら鑑賞してくださいとの指示あり。

日本一小さい国宝というだけあって、本当に小さい。ですが、作りは見事で、細かいところも驚くほど丁寧です。截金で出来た細かな文様が剥落しておらず、しっかりと見えます。ずっとお寺で大切にされてきたのでしょう。このほとけ様のフィギュアがあったら買うのに。

第1会場は書や仏画などがメインです。学術的には貴重なものなのでしょうが、その中で国宝の両界曼荼羅は仏像を見たい人には物足りません。(あ、国宝の両界曼荼羅は大きくて美しくて見入ってしまいました。)仏像をもっと見たいと思って第2会場に行くと、これでもかと仏像がお迎えしてくれます。

まず「第4章仁和寺の江戸再興と観音堂」の場では、通常非公開(修行の場だかららしい)の観音堂が再現されています。全部で33体あるというほとけ様がずらっと揃った姿は圧巻です。こんなにほとけ様を東京に連れてきちゃって、仁和寺の観音堂は特別展の期間中、どうなってしまっているのだろうかと余計な心配をしてしまいます。もしかして観音堂はすっからかん?

ちなみにここは写真撮影可(フラッシュ不可)で、鑑賞者はパシャパシャ写真を撮りまくっていました(もちろん、わたしも)。お堂の壁に描かれた絵も再現していて、わざわざ汚しの処理もあり。お堂の裏側に描かれた絵をよく見ると、パネルのつなぎ目部分で絵がズレているところがありました。これも本物のお堂の絵を忠実に再現したのでしょうか。

のっけから大量の仏像攻勢を受けましたが、お次は「五智如来坐像」です。5体のほとけ様で1セット(?)になっており、真ん中に一番大きな大日如来、それより少し小さな如来4体がバランスよく安置されています。ライトが当たって光る姿が神々しいです。蓮華座に座ったほとけ様は、会場のライトのせいかそのほかの効果のせいか、空中に浮遊しているか水面に浮かんでいるかのような錯覚を受けました。

五智如来坐像の美しさに感銘を受けていると、次の場では仁和寺の国宝「阿弥陀如来坐像および両脇侍立像」。大きさもあって立派です。

道明寺の国宝秘仏「十一面観音菩薩立像」のスッとした立ち姿。360°ぐるっと見て、なだらかな肩や背中のラインを楽しみます。

そして後期展示の大本命の秘仏葛井寺の国宝「千手観音菩薩坐像」。普段は正面から限られたお姿しか拝見できないものが、360°から見られます。ほとけ様の11面の解説や持物の解説が壁に展示してあり、鑑賞の助けになります。特別展冒頭の薬師如来坐像も混んでいましたが、こちらの千手観音菩薩坐像の周りも混んでいました。この二つで人気を二分している感じです。

1000本以上ある千手観音の手の多さの迫力がすごいです。何も持っていない手が多数ですが、持っているものを一つ一つじっくり見るのが楽しい。持物の中に骸骨がありましたが、この骸骨がちょっとかわいい。会場内の他の千手観音像が持つ骸骨はもう少し怖い感じな造形なのですが、この葛井寺の千手観音が持つ骸骨は怖さよりかわいさを感じました。

この千手観音の数ある手の中で、もとは何かを持っていたらしいが、現在は持物亡失で手のひらを正面に向けているものがあります。この手のひらにしっかりと目が描かれているのが見えるのも、面白い。

国宝、重要文化財の仏像以外で、気になる仏像がありました。神奈川の龍華寺の菩薩坐像です。脱活乾漆造の奈良時代のほとけ様だそうですが、表面がこげ茶色に鈍く光り、半跏の端正な姿、静かな表情は見るものをひきつけます。美しい姿のほとけ様です。

帰宅後ネットで検索してみると、修理前の菩薩坐像の姿を映した画像を見つけました。腕が断裂し、ところどころ破損していたみが激しい。修理後とだいぶ姿が違っているのに驚きましたが、美しい姿に修理されて良かった、良かった。

普段見られない仏像が見られるということで、仏像好きな人が秘仏目当てに来場し、ちょっと混んでいる特別展でしたが、見ごたえ充分。

さらに、特別展や常設展のチケットで、表慶館で行われている「アラビアの道ーサウジアラビア王国の至宝」展も見られておトク。ちなみにこちらの展示品の中では、装飾的なアラビア文字が書かれた墓碑や、金糸で刺しゅうしたカーテンが印象的でした。

入笠山でスノーハイク

軽アイゼンの練習を兼ねて、スノーハイキングをしたい。

というわけで、入笠山スノーハイキングのツアーに参加してきました。

富士見パノラマリゾートのゴンドラ山頂駅に着いたら、さっそく軽アイゼンを装着です。

軽アイゼンを使うのは、昨年8月に参加した白馬ツアー以来。今回で軽アイゼンを使用するのは3回目ですが、ベルト式のアイゼンのつけ方をすっかり忘れていました。ええと、この紐はどこに通すんだったっけ。参加する前につけ方の復習をしておくんだったと反省です。

軽アイゼンをつけ終わったら、準備運動をしてスノーハイクを開始。天気は曇りで、雪はたまにチラッと降る感じですが、気温は比較的高めで極寒というわけではありません。このまま天気が崩れないでくれるとうれしい。

入笠山トレッキングコースはたっぷりの雪で埋まり、春~秋のシーズンに見られる花々や湿原は当然のことながら見えません。木道と思われるところの上を、踏まれた雪道ができていて、その上を歩いていきます。歩いていると、雪道脇の窪んだ所に、無雪期には木道と湿原を分けている杭の頭が出ています。この雪の何十センチも下にある湿原で、植物が春の目覚めを待っているんだな。

トレッキングコースにはアイゼンをつけている人だけでなく、スノーシューを楽しんでいる人や、斜面でヒップソリを楽しんでいる人もいます。そりをしているのがとても楽しそうに見えましたが、比較的高めな気温の中、雪崩が起きたりしないのだろうかと余計な心配も。

そしてワンコを連れて雪原で楽しんでいる人が結構います。グループらしき人たちが、それぞれの愛犬を連れて遊んでいて、ワンコも飼い主も楽しそうです。

マナスル山荘前を過ぎたら、ほどなくして入笠山の登山口に至ります。ここからは雪の下は登山道。傾斜のほぼない湿原部分とは違って、山頂に向かって坂道です。

スノーハイクが始まる前に、登山講師の方が予測をしていました。雪が固まっていないので、10本爪アイゼンの人は大丈夫だが、6本爪アイゼンの人は山道で滑るだろうと。

前日降り積もった雪は柔らかく、無雪期の登山のときのように、フラットフッティングで足を置くと、足が雪に埋まります。埋まりつつズルっと下方に滑るので、踏みとどまるようにグッと足に力を入れる。そんな繰り返しをしていると、重心が後ろに持っていかれて危ないし、地味に脚が疲れてきます。新雪ではアイゼンはあまり役立ちません。

「こんなときはキックステップで登ります。」との登山講師の指示が飛び、言われたとおりにキックステップをしてみます。雪の斜面につま先を蹴りこむと、足元が安定し、滑らない。これは登りやすい!

キックステップをするたびに、ザッ、ザッと足先の雪が飛び散ります。普段はしないキックステップなので多少脚は疲れます。が、フラットフッティングで滑って踏みとどまって、の繰り返しで坂道を登る方がもっと疲れます。

入笠山の山頂に着くと、雪は降っていないものの風が強い!ビュービューと風が吹いています。途中の山道では風は強くなかったので、これほど山頂の風が強いとは思っていませんでした。山道を登っているときに登山講師の方が「山頂は風が強いので、休憩する時間はあまり取らない予定です。」と予言していましたが、山頂はのん気に昼食を取れるような天気ではありませんでした。

登ったものの風が強くて早く下山したいのですが、とりあえず山頂の写真を撮ります。天気が良ければ富士山をはじめとする周囲の山がきれいに見えて気持ちがいいそうですが、富士山が少しだけ見えたと思ったら、あっという間に雲に隠れてしまいました。他の山々もきれいに見えず、物足りません。去年2月に行った雪があまり無かった飯盛山は、青空を背景に冠雪した富士山が大きく見えて良かったな、としみじみ。

山頂からは諏訪湖が見えます。ですが諏訪湖方面を眺めていると風上に身体を向けることになってしまい、冷たい風が容赦なく吹きつけてきます。それに耐えられず、山頂にいる人は一様に風下に身体を向けます。そんな強風が吹きつけるなか、単独行らしき人が風上に身体を向けて、動じずに食事をしていました。山頂から少し下ればだいぶ風が弱まるのですが、どうしても山頂で食事を取りたかったのですかね。

雪が固まっていない下りもキックステップで降ります。下りのときは、かかとに体重をかけて。教えに従いかかとで強く雪面を踏むと、滑りません。雪面に対してフラットに足を置いたり、つま先に体重をかけたりするとたちまち滑りました。

帰り道は少し冒険して、踏み跡がついている雪道の少し脇、あまり踏まれていない部分も歩いてみました。歩くたびにズッ、ズッと少しだけ身体が沈むのが楽しい。調子に乗ってまったく踏み跡がついていない所を歩いていたら、ズボッと片足が膝上まで埋まりました。見るとそばに、雪に埋まった灌木が生えています。「木のそばは、他のところより温度が高くて雪が柔らかくなっているから埋まりやすいんだよ」とのこと。

楽しく歩いていたら、ゴンドラ山頂駅に到着して、この日のスノーハイクは終了です。

入笠山スノーハイクは、山頂は強風で景色も楽しめず残念でしたが、新雪の山道の歩き方が学べて軽アイゼンの復習になりました。寒すぎず、靴の中に雪が入ったりしみたりすることもなく(靴の中に雪が入ったまま行動していると、足指が壊死する場合があるという)、安全なツアーでした。忘れないうちに、雪がある山(難易度の低い山に限る)に行って行動範囲を広げてみようと思います。

 

 

2/10ニジンスキー(@東京文化会館)

2/10ハンブルクバレエ団の「ニジンスキー」を観ました。いつもの癖で、事前にあらすじを読まずに行ったので、1幕はまだしも、2幕は(何の場面だ?)という感じで詳細が良く分からなかったです。

1幕は自然に始まります。舞台と客席を仕切る幕は無く、最初から1幕冒頭のセットが客席から見えます。セットがきれいで素敵。舞台上に1台のグランドピアノが置いてあります。ピアニストの男性が本番前の練習のようにピアノを弾き始めたところから、バレエ「ニジンスキー」の始まりです。

1幕はニジンスキーの華やかな前半生。ハンブルクバレエ団ダンサーたちが次々と繰り出すダンスの洪水が、圧倒的で見ごたえあり。そんなダンスの合間、ニジンスキーとディアギレフの関係性、ニジンスキーとロモラの恋愛が語られていきます。

薔薇の精ではディアギレフと悩まし気に踊り、黄金の奴隷登場シーンではディアギレフに抱きかかえられての登場。二人の関係性が、単なるバレエ団の創設者と所属ダンサーの関係ではないことが暗示されています。黄金の奴隷はその魅力でハーレムの女性を虜にする存在ですが、ディアギレフに抱きかかえられ、ディアギレフの首に腕をまわして身を委ねているさまは、黄金の奴隷自身がディアギレフに魅せられているよう。ディアギレフ役のイヴァン・ウルバンがスタイルのいいイケメンダンサーだから、絵になります。

ロモラと出会った場面で出てくるのは、「牧神の午後」の牧神。「牧神の午後」では牧神はニンフに興味を持ち近づいていくわけですが、ここで牧神が出てくるということは、ニジンスキーがロモラを女性として興味を持ったということ。

2人の関係を知ったディアギレフは激怒。舞台奥の壁がバンという音がして倒れます。ディアギレフが壁の後ろを歩きながら、大きな音を出して壁を一枚づつ倒していく。おびえるニジンスキー

ディアギレフとの関係を修復しようと、ディアギレフに抱きつくニジンスキーですが、ディアギレフの態度はそっけない。からみついているニジンスキーを投げ捨てます。プライドの高いディアギレフには、裏切ったニジンスキーは決して許すことができないということか。

2幕はニジンスキーが精神の均衡を崩してからの後半生。暗い色調の2幕は、ニジンスキーの暗闇の中の精神世界を観ているようでつらい。音楽も血の日曜日を題材にしたというショスタコーヴィチの「1905年」が流れ、得体のしれない暴力が蔓延しているような不穏な感じです。

軍服の上着をまとって踊る人々の群れの中に、心を持ってしまった人形ペトルーシュカが加わって一緒に踊っていました。これは何のメタファーなのでしょうか?不格好な動きでたどたどしく踊る姿は、抗えない時代の波に否応もなく巻き込まれていく人間の象徴?

精神病のニジンスキーの傍らに寄り添い、最後まで付き添っているのはロモラ。重そうにニジンスキーが乗る橇を引いてますが、決してニジンスキーを見捨てることはありません。それでもニジンスキーは正気の世界に戻ってきません。

物語の最後は、床に敷かれた赤い長い布と黒い長い布で十字が作られています。その赤い長い布を自ら身体に巻き付け、黒い長い布も身体に巻き付けながらニジンスキーは踊ります。布が巻き付くほどに身体の自由は失われ、それでもさらに布を巻き付けます。ニジンスキーの目には狂気が宿っています。何の踊りなのか分かりませんが、自分で自分を戒めているよう。

なりきりタイプのダンサー、アレクサンドル・リアブコ演じるニジンスキーは、実は2幕が見どころなのかもしれません。その憑依ぶりに観ていて息苦しくなってきますが。

舞台が終わって、カーテンコールのリアブコはすべてを舞台で出し切ったような、放心したような、まだ現実の世界に戻り切っていないような感じです。客席のハンブルクバレエ団ファンは熱い声援と拍手でリアブコの熱演を称えます。実は上方の階は結構、空きがありました(椿姫の初日は「大入り」の掲示がありましたが、この日はさすがになし)が、客席は熱い。ノイマイヤーも加わった何度も続くカーテンコールで、最終的に1階席の観客は9割がた、スタンディングオベーションでバレエ団を迎えていました。

 

2/9ホフマン物語(@新国立劇場)

2/9新国立劇場ホフマン物語を観てきました。ということで、記録。

オペラ劇場の幕があがると、さらに緞帳(?)があり、そこには男性の横顔と英文が書かれています。相変わらず咳止め薬を飲んでいるので眠たい眼で英文を見ると、韻を踏んでいるので韻文だと分かります。内容は分かりませんでしたが、SHELLEYとあります。帰宅後、ググってみるとパーシー・シェリーという詩人の「愛の哲学」という詩だということが分かりました。ホフマンの心情を表した詩なんですね。 

詩よりも気になってしかたがなかったのが、詩の横に描かれた男性の横顔です。手塚治虫風の絵のように見えてしかたありませんでした。ブラックジャックベートーヴェンを足して2で割ったように見えます。幕が代わるたびにオペラカーテンが開くとこの緞帳が下がっているのですが、見るたびに「やっぱり手塚風に見える。」と思ってしまいます。スコティッシュバレエの舞台装置でもこういう絵柄なんでしょうか?

プロローグは活気のある街で若者が楽しそうにしている中に、ナイスミドルとは言い難い野暮ったい初老の男性、ホフマンがいます。「どうして華のあるラ・ステラがこんなパットしない男と・・・」と不思議になります。

ホフマンの友人役3人は溌溂と明るく、観ていて気持ちのいい踊り。なかでも普通の明るい庶民の若者役をやらせると、奥村君はピカイチだと思います。それにしても、ホフマンとホフマンの友人3人の見た目年齢が違いすぎるのですが。年の離れた友人ということ?

ホフマン物語では悪魔が重要なキーパーソンです。ことあるごとにホフマンを付け狙い、その恋心を弄んでコケにしてきた存在。新国立劇場初演時は、マイレンさんが怪演してうまくはまっていた役柄です。初日の悪魔役は12月のシンデレラで王子役だった中家君。12月のダンスールノーブル役から、今回はかなり濃いキャラクターへ転身です。

プロローグ・エピローグではオペラ歌手ラ・ステラに気がある(ふり)をしているリンドルフ議員に扮しています。議員らしく、そこら辺の庶民とは違う端正なたたずまいですが、胡散臭さが漂っていました。

一幕では、プロローグの議員ルックとは違い、マッドサイエンティスト風の奇抜な恰好です。黄色いタイツに、変な振付。天才と何とかは紙一重的なキャラです。端正さを振り切ったアホっぽい振付を楽しそうに踊っていて、シンデレラでのダンスールノーブルの面影はなし。

悪魔に翻弄されるホフマンは、観ていて可哀そう。スパランザーニにもらった変なメガネをかけて、人形のオリンピアを生身の人間だと思って恋をする。周りの人にはカチカチカチとした機械仕掛けの人形に見えているのに、メガネをかけたホフマンには分からない。ホフマンをうまく騙せて、スパランザーニ(悪魔)は大喜び。ついでにホフマンに真実を知らせて、驚愕する姿を見てまた大喜び。

オリンピアの池田さんは、この部分ではホフマンから見えてる生身の人間風に、ここの部分では周りの人から見えている人形風にと、踊り方をシーンによって変えているように見えました。

 

二幕の悪魔は、バレリーナを夢見る病弱な少女アントニアをみる医者ドクター・ミラクル。一幕とはうってかわり、重々しい態度で信頼感を漂わせているけれど、やはり胡散臭さも。

一方ホフマンは、アントニアの父の元で音楽を勉強している身です。ホフマンがピアノを弾いていると、小野アントニアが近寄ってきて、二人は良い雰囲気。二人のこぼれる笑みが幸せそうです。

ドクター・ミラクルの催眠術でアントニアはバレリーナになった気になり、幻想の世界でホフマンと踊ります。

この幻想の世界が美しい。舞台上部から吊られた薄い布地のドレープが柔らかで、ライトの色で色調が変わり、オーロラのようです。コールドの踊りが幻想的な空間の中で、クラシックバレエの美しさを彩ります。

アントニア役の小野さんは音楽をたっぷり使い、つま先、指先をどこまでも伸びるかのように、音の余韻まで表現します。時には柔らかく、また時には強く踊ります。幻想の中のホフマンは、恋が成就している人間の幸福感、喜びが踊りに結びつき、若々しく健康な感じ。

幸福な時間もつかの間、幻想の世界から現実の世界に戻ります。アントニアが苦し気な様子になっても、スパランザーニに強要されて、ホフマンはピアノを弾く手をやめることがきません。「もっと、もっと弾くんだ!」と迫るスパランザーニの魔力でホフマンが操られているよう。催眠をかけられているアントニアも踊りの足を止めることができません。

そして限界を突破したアントニアはこと切れてしまいます。目的を達成した悪魔はいつの間にか姿を消して、残ったのはアントニアの亡骸と呆然としたホフマン。2人の姿を目にしたアントニアの父はホフマンをなじります。悪魔にいいようにやられて、ホフマンは散々な目にあい続けています。

三幕は、「シェエラザード」のような、トルコ風の薄暗く怪しい空間。今度はダーパテュートという役柄になった悪魔のサロンです。

ダーパテュートはトルコ風の衣装に、変な髪形。怪しさと邪悪さ、ホフマンを堕落させてやるという意思が漂っています。

そのサロンに、十字架を首から下げたホフマンが訪れます。観てると、信仰生活に入ろうとした男が、なぜあんな所に足を踏み入れるんだという突っ込みをしたくなります。そんなことを言ったら、話は進みませんが。

ここで悪魔の命を受けた高級娼婦ジュリエッタが、ホフマンを堕落させようと誘惑します。ジュリエッタ役は米沢さん。あの手この手で男性を翻弄し、陥落させようとするジュリエッタは、役作りとしては「白鳥の湖」のオディールに似ています。ですが、ジュリエッタはもっと官能的。蛇のような目で、ホフマンを狙います。

煽情的な赤い色の丈の長い衣装。衣装のスカート部分の合わせからのぞく脛や腿が色っぽい。ホフマンと踊るときの、アラセゴンドに上げた脚から徐々に衣装がめくれて脛が見えたときは、ドキッとするほど色気がありました。普段のクラシック・チュチュでは腿も脛も丸見えなわけですが、特に色気は感じません。男性陣が大好き(?)なチラリズムの色気が、今回のジュリエッタで分かった気がしました。

こんな色気のある女性に迫られて、ホフマンは陥落するわけです。が、わずかに残った正気で十字を作り、悪魔とその一味を退けます。ホフマンが悪魔に初めて打ち勝ちました。

エピローグになり、 プロローグの続き。ここでも、またホフマンは悪魔にしてやられます。恋人のラ・ステラは悪魔の仮の姿であるリンドルフ議員と去って行ってしまう。そして、ホフマンが絶望したような、諦めたような姿で一人舞台に残って、終幕です。可哀そうな人です・・・。

ホフマン物語は終わり方が暗いのであまり好きな作品ではありませんが、主要な役の小野さん、米沢さんを一度に観られるのは嬉しい。そして、手を変え品を変え、様々な衣装と髪形の悪魔を観られるのも楽しい。マイレンさんの悪魔ははまり役でしたが、中家君の悪魔も良かったですね。

 

 

椿姫2/2(@東京文化会館)

風邪っぴきで咳止め飲み、強烈な眠気(咳止め薬は眠くなる)のなか、行ってきました2/2ハンブルクバレエの椿姫。眠かったのであまり内容を覚えていないのですが、ちょっと記録。

主役のマルグリットはゲストのアリーナ・コジョカル。小柄なコジョカルが高級娼婦をどう演じるのか期待を持って観に行きました。対する男性側主役アルマンはアレクサンドル・トルーシュ。前回の来日公演で大活躍をしたそうですが、観に行っていないのでどのようなダンサーか分からない状態での鑑賞です。

幕があがるとマルグリットの家で様々な遺品が競売にかけられています。アルマンは紫色のドレスを手に、むせび泣きます。ドレスを手に取り、なぜアルマンが泣いているのか、ここから物語がスタートです。

紫色のドレスはかつて愛したマルグリットが好んで身に着けていた衣装。亡き人を偲んで後悔の涙を流すアルマン。あらすじが分かっているのでここでアルマンに突っ込みたくなります。君さぁ、後悔して泣くくらいならもっと思いやりを持って接していればよかったんじゃない?

ある社交場で、もの慣れない若者アルマンは、社交界の華である高級娼婦のマルグリットに一目で心を奪われます。コジョカル演じるマルグリットがあでやか。言い寄る男性を軽くかわして、恋愛遊戯を楽しむ大人の女性。トルーシュ演じるアルマンは、五体投地のように全身をマルグリットの前に投げ出し、無様でもいい、自分の思いをマルグリットに届けたい、若さほとばしる情熱をストレートにぶつけます。

コジョカルマルグリットはトルーシュアルマンのことも軽くあしらおうとしますが、ふと真剣な表情になります。一切格好をつけないで、駆け引きのないストレートさで自分を求愛した男性は今までいただろうか。揺れうごくマルグリットの心。コジョカルマルグリットは、アルマンの情熱にほだされ流されて恋人同士になったのではなく、自分の意思でアルマンを選んだ知性のある大人の女性。物語が進んでいきパトロンである公爵と相対して関係を断つときの毅然としたさまは、自立した女性の姿で格好良かったです。

一方のトルーシュアルマンはとにかくストレートに自分の思いを伝える若者。自分の思いが一番だから、相手の困惑やこの恋の終着点がどうなるか、思いが至っていません。恋に盲目になった馬鹿な若者という表現がぴったりです。幸せな時は幸せをひたすら満喫。生活力のないアルマンは、愛情を注いで生活の工面もするマルグリットの苦労は分からない。一方的に別れを告げたマルグリットを誤解し、その背後に何があるのかも分からない。

第3幕の冒頭、通りで一人休むコジョカルマルグリット。アルマンと別れ、病におかされやつれた姿はとても弱々しい。くすんだ色合いのドレスで一層老け込んで見えます。2幕と3幕の間で一体いくつ年をとったのだ?という感じ。そんな明らかに生気の乏しいマルグリットを見つけたアルマンは、別の女性(オランプ)と親し気にイチャイチャしてみせます。一方的に別れを告げられ自分の純真な気持ちを弄んだ売女に見せつけてやるんだ、とばかりに。やることがほんと、馬鹿な若者です・・・。

自分を苦しめるようなマネはしないでほしいと懇願するため、アルマンの元を訪ねる打ちひしがれた様子のマルグリット。会ってしまえば互いの感情を押し込めることはできず、ガラでもよく演じられる黒のパドドゥで狂おしく愛し合う2人。束の間、愛を交わしたものの、再度去っていったマルグリットを誤解したアルマンは、舞踏会でこの前の代金だとばかりに札束の入った封筒を渡し、マルグリットを辱めます。相変わらず馬鹿な若者。

一人、部屋で日記を書き続けるマルグリット。マルグリットの死はもう時間の問題です。幻影でマルグリットの目にマノンとデ・グルリューの姿が映し出されます。ボロボロで瀕死の状態のマノンのそばには、無償の愛を捧げるデ・グリューが片時も離れずにいます。一方、マルグリットは一人寂しく死出の旅に出ることに。本当はマルグリットもアルマンにそばにいてもらいたかったのかも。でもすべて悟ったような穏やかな瞳のコジョカルマルグリットは、恋人に悲しい思い出を残して死にゆくより、いっそ憎まれてでも恋人に悲しい思いをさせたくなかったのかもしれません。といっても、アルマンが未熟すぎて馬鹿な嫌がらせや当てつけをし続けたせいで、台無し。真相を知ったアルマンは自分の心ない仕打ちを後悔して打ちのめされることになるのですが。

バレエの椿姫とオペラの椿姫の対比が会場に掲示されていて興味深かったです。オペラの方は、最後に誤解のとけたアルマンやアルマンの父に看取られてマルグリットが亡くなっていく。一方、バレエの方は誰に看取られることもなく死んでいくマルグリット。最後に和解するオペラ版より、バレエ版の方がより残された者の後悔の念が深まります。この悔やみきれない思いが、冒頭の紫色のドレスを持って泣きくずれるアルマンの姿に繋がっていくわけですね。うまく出来ている作品です。

主役以外のダンサーでは、デ・グリュー役のリアブコの技がキレキレ。加速するピルエットが見ていて気持ちよかったです。

そして、注目していた菅井円加さんのプリュダンス。若く、元気で奔放なプリュダンスで、踊りでその性格が表現されていました。現世を目いっぱい楽しんでいるタイプの女性という役柄です。公爵と決別するためマルグリットが投げ捨てた豪華なネックレス(だったっけ?)を自分の胸元にサッとしまい込む仕草に垣間みえる品性のなさも、悪びれない。

このプリュダンスだったら、今の恋人にお金がなくなったらサッサと鞍替えするだろうなと思わせます。真実の愛に目覚め、相手を思いやるマルグリットとの違いが際立ちます。生命力を感じさせる菅井プリュダンスと病み衰えていくマルグリット。マルグリットとの対比の上でプリュダンスは重要なポジションなのでしょうね。

ハンブルクバレエ団2018来日公演の初日椿姫のカーテンコールは、ノイマイヤーも出てきて、観客のスタンディングオベーション多数。カーテンコールは何度も何度も、長く続きました。

 

 

 

ペンギン散歩をみる

1週間以上も風邪からくるのどの炎症が治りません。病院で処方された抗炎症薬や咳止めを飲んでいるものの、多少効果はありますが、相変わらず声が出ないし、咳がとまらない・・・。

外出を出来るだけ避けていて日常に楽しみが少ないので、昨年行った冬の旭山動物園について思い出してみよう。

 

宿泊先のホテルのマイクロバスで送ってもらい、旭山動物園に着いたのが11時から始まるペンギン散歩の15分くらい前。

行動展示が有名な旭山動物園でも名物になっているのが、ペンギン散歩です。何年も前にテレビでペンギン散歩は見たことがあるので、「ふーん、テレビで見たことあるから、別に見なくてもいいや。」と思っていました。ですが、ホテルの送迎バスがこの時間帯に到着したということは、ペンギン散歩を見られる時間帯に合わせているということ。とりあえず、少しだけでも見てみるかという気になります。

正門入り口から雪が積もる坂道を昇っていくと、散歩コースに既に多くの見物人が並んでいるのが見えました。2本ひかれた赤いラインの内側をペンギンが散歩するとのことで、ラインの外側で待っている団体旅行らしき外国人旅行者多数。

散歩開始時間が近づくにつれ、どんどん散歩コース両側に並ぶ来園者が増えてきました。雪が降る中、ジッとペンギンを待ち続けるのは寒い。ペンギン散歩見学者は今か今かとスマホを持って待ち構えています。

11時なるとペンギン散歩開始です。飼育員さんに付き添われて、ペンギン舎からペンギンが出てきたようです。ペンギンの歩みはゆっくり。飼育員さんもペンギンを急かそうとはせず、ペンギンのペースに合わせてゆっくり。ペンギン舎から10メートルくらい離れた私が待っていたところからでは、ペンギンの姿はすぐには見えません。

段々ペンギンの群れが近づいてきました。周りの人は一斉に写真を撮ったり、動画を撮影したりし始めます。散歩しているペンギンは、キングペンギンが多数で、その中にもう少し小さいジェンツーペンギンが混じっています。十何羽ものペンギンの群れがヨチヨチ、トテトテと歩く姿は、思っていた以上にかわいい!

何か気になるものがあるのか、歩みを止めるペンギン。見学者の撮影チャンスを作ってあげているのか?

ペンギンの群れがちょうど目の前に来たところで、雪に覆われた散歩道をジェンツーペンギンがつるーんとお腹で滑って移動。その姿がとてもかわいい。こやつ、自分がかわいいことが分かっていて、どんな動きをすればよりかわいく見えるか分かって行っているのでは?

結局、ペンギン散歩が見え始めてから見えなくなるまで、終始「かわいい、かわいい。」とつぶやいて写真を撮ったり、肉眼で見たりしていました。ペンギン散歩にさほど興味を持っていなかった10数分前までの自分の姿は、一体どこへ行ったのか。何かで間接的に見て知った気になっていたものの、実物に勝るものはなし。

ざらし館のもぐもぐタイムではあざらしの食いしん坊ぶりを楽しみ、温かい室内のおらんうーたん館ではオランウータンの元気な動きが見飽きません。

雪の降る寒い冬の日でも屋外の放飼場にいるキリン。本来はサバンナで生息しているはずなのに、こんな寒さでも屋外で平気なのかと驚きです。

ユキヒョウがケージの中にいないなと思うと、頭上のケージで寝そべっていて顔がまったく見えず、「自由な子だな!」と思ったり。

エゾリスが巣箱の中にこもっていて見られなかったのは残念。ピッと立ってる耳元の長い毛を見たかったよ・・・。

動物園スタッフさんが降り続ける雪をせっせと除雪していたので、冬に開園し続けるのは他の季節より大変そう。冬期ということで展示されていない動物もいましたが、雪がどっさり積もっていても色々な動物をみられるのが嬉しい驚き。思っていた以上に楽しめる雪の中の動物園でした。

 

 

 

 

陽だまりハイクの(はずだった)浅間嶺②

単独行の時の昼食休憩はいつもサッと。10分ほど休憩したら下山開始です。目指すは払沢の滝入り口バス停。浅間嶺展望台から下る道は、ぬかるんでいて滑りやすく歩きにくい。

まもなく着いた、まばらに広葉樹の生えた場所は、一面落ち葉だらけ。明るく広く開けたハイキングコースは春や秋は気持ちがよさそうです。冬も気持ちいいですが、足元が相変わらずぬかるんで滑ります。浅間坂方面からの登山道はこんなに落ち葉は無かったなと思いながら、滑らないように気を付けながら急いで歩いていきます。

カタクリ群生地の表示を過ぎ、道は段々、大小の石交じりになってきます。今まで歩いてきた登山道と様子が違ってきました。ふと見ると右手は沢になっているようです。沢沿いだから石が多い道なのかもしれません。石で作られた階段を下り続けます。

沢は水が流れている部分と流れていない部分がありました。そして、徐々に水量が増えてくると取水の管が走っていました。一部の管からは水を外に流しているものもあり、そばを通った人が汲んでもいいということ?コップやひしゃくが置いてなかったので、汲んでいい水というわけでもないのかも。

ここからすぐ近くにあるのが、「そば処みちこ(お代官休息所跡 峠の茶屋チェーン みちこ)」です。大きな水車のある古民家風の建物で、竹で編んだ垣根が懐かしい感じ。木の門はぴったり閉じていて、12~3月はやっていないようです。雰囲気が良さそうなので、次の機会に寄ってみたい感じ。検索してみると山中の蕎麦屋として有名なところらしい。わざわざここのお蕎麦を目当てに来る人もいるとか。店の前に自転車スタンドが設置されてましたが、ここまで自転車で来る人がいるということでしょうか。

登山道を歩き続けると大山祇神社と記された鳥居があり、ここから舗装道路に入ります。舗装道路の他に、林の中を走るハイキングコースのような道がありましたが、どこに繋がっているか表示がありません。払沢の滝入り口バス停の道標は舗装道路の方を指しています。時間があればハイキングコースらしき道を行ってみる余裕もありますが、このとき14:13。冒険は捨て、確実に払沢の滝入り口バス停に行く舗装道路を選ぶことに。

舗装道路に出ると、向こうに奥多摩の山々が見えます。舗装道路なので自動車や自転車で来て、遠景の山々を眺めている人たちがいました。

うねうねとした下りの舗装道路は続く、続く、続く。下りても下りても下りきった先が一向に見えません。途中、道路わきに公衆トイレが設置されていて、ハイキングコースとして整備されているのが分かります。ですが夏にこの舗装道路を延々と歩いていたら、熱中症になるのでは?

と思っていると、畑と民家の間の未舗装の道になったり。小さな梵鐘が釣られた、金属製の扉に象のマークが描かれた小さな建物があったり。多少の変化はあり。

さらに歩いていい加減、下り続きで脚が疲れたと思っていたら、「払沢の滝」の表示が。駐車場で車を誘導している係員がいて、公衆トイレもあります。今の時期、払沢の滝冬まつりが開催されていています。日によっては結氷している滝が見られますが、土曜・日曜と気温が高く、滝は凍らず普通に流れている状況。

払沢の滝を見に行くか、いや凍っていない滝を見てもと迷う、このとき時刻は14:59。急げば払沢の滝入り口バス停15:08発のバスに乗れる時刻です。春に行った払沢の滝に向かうハイキングコースでは、スライスしたプロセスチーズを店先で燻製し、スモークチーズ(確か100円)として売っているお店がありました。出来立てのスモークチーズ、今日もお店がやっているかなと心惹かれます。

が、足裏が痛くなってきたので、払沢の滝は諦めよう。急いでバス停に向かう途中、四季の里という建物が気になりました。地元食材を使ったお食事処らしいですが、「本日は閉店しました」という札が入り口に掲げられています。14時がラストオーダーで、昼時だけ営業しているようです。檜原村特産こんにゃくいもで作った刺身こんにゃく(美味しい!)やじゃがいもアイスも食べられるようで、次回ここに寄るのも良さそうです。

無事、15:08発のバスに乗れました。15:30武蔵五日市駅前に到着し、15:55発ホリデー快速あきがわに乗って帰路につきます。陽だまりハイクの予定が、汗だくハイクになってしまった浅間嶺ハイクは終了。あ、ちとせ屋(払沢の滝入り口バス停近く)で豆腐と油揚げ買うの忘れた!