雪いっぱいの西穂高・丸山

4月上旬に初心者向け1泊2日の雪山登山ツアーに行ってきたので、メモ。

今回の行き先は西穂高・丸山です。松本駅からバスで新穂高ロープウェイ新穂高温泉駅まで行き、ロープウェイに乗って西穂高口駅まで行きます。

ロープウェイの中からは青空を背景に、雪化粧をした北アルプスの山々が見えてきれいです。ロープウェイは登山者だけではなく普通の観光客も結構います。山頂駅(西穂高口駅)展望台ではその日の気温が書かれたプレートを持って記念撮影をする人、山頂駅近辺の雪の回廊を歩く人など。

さて、山頂駅で雪山登山の準備をして出発です。まずは西穂山荘を目指します。山頂駅から西穂山荘までは1時間30分の行程です。西穂高口駅からは最初はなだらかな雪道を歩いていきます。4月といっても雪はたっぷり。ですが踏み跡がしっかりついているので、軽アイゼンをつけた靴が雪に埋まるようなことはありませんでした。

そのうち急な上りが何回か出てきます。とはいっても道はやはりしっかりしていて、ルートを外れなければ危険を感じる所はありません。

西穂山荘までは樹林帯の中の道、そして天気のいい日だったので風の影響はなく、登り続けていくと暑くなってきます。西穂高・丸山に来るのは今回が初めてなので、雪が無い時期はどんななのか分かりませんが、この急坂の雪の下はグリーンシーズンは階段になっているのだろうか、それともただの坂道なのだろうかと思いながら登って行きました。

樹林帯を抜けると、西穂山荘はすぐ。西穂山荘前は平らに開けた場所で、雲一つない青空が広がり、陽の光が眩しい。雪に覆われた稜線が間近に見えます。テント場には雪の上に、いくつかテントが張ってあります。真っ白な雪の上で、色鮮やかなテントが映えます。

本来の行程では、1日目は西穂山荘までで終了、2日目に丸山に登ってから下山ということでした。が、2日目の天気が悪そうなので、1日目のうちに丸山まで登ることになりました。

西穂山荘から丸山までは片道30分ほど。そこからさらに1時間行くと独標に着きますが、ツアーでは丸山まで。独標までならそれほど難しくないと行ったことのある人に事前に聞いていましたが、行程が長くなるし、地図を見ると独標までの間に岩々したところがあるので万一のことを考えて、ツアーでは丸山までになっているのかもしれません。

「ここからの稜線歩きは風が強いのでフードを被って」というツアースタッフの方の言葉に従い、フードを被って西穂山荘前から丸山に向けて出発です。

山荘前は少し風が吹いているかなという程度でした。ですが、丸山までの稜線は、風が強い、冷たい。びゅうびゅうと風が吹きつけてきます。空は相変わらずの青空ですが、樹林帯の中や山荘前の穏やかさと全然違います。

これはネックゲーターをつけて鼻の辺りまで覆った方が良かったかもと後悔しますが、ネックゲーターは山荘前に置いていったザックの中。この強い風の中、独標までの行程だったとしたら辛すぎます。初心者には丸山まででちょうど良いと、納得しました。

丸山に到着すると、稜線ほど風は強くありませんでした。それでも充分寒いので、一通り記念写真を撮り、山頂にいたのは5分強ぐらいだったでしょうか。

山荘から丸山までの間に、眼下に上高地の帝国ホテルの赤い屋根が見えました。山荘で出会った独標まで行ってきた登山者の話では、独標まで行くと槍ヶ岳奥穂高岳上高地全体を見渡すことが出来るそうです。ここまで来て独標まで行かないのはもったいない、とのこと。

丸山から戻り、山荘に入ると、山荘内は暗い。外は雪明りで明るいので、照明を落とした(節電?)山荘内が一層暗く感じます。

泊った部屋は2階の奥まったところ。6人で一部屋でした。

部屋の中に暖房はないので、部屋内は寒いです。廊下は至るところにストーブが置いてあるので、部屋内より廊下の方が暖か。部屋の扉を開けて、廊下の暖かな空気を取り込もうとしましたが、ちっとも暖気が流入してきているようには思えません。室内にいると、ビューっという風の音が聞こえてくるので、外気が吹きつける部屋は暖かくなりようが無いのかもしれません。部屋の天井にビニールシートが張られていましたが、寒さ対策?

一人に一組の布団セット(敷布団1枚、掛布団1枚、毛布2枚、枕)が使えて、布団はけっこうふんわりしていて清潔です。暖房が無く寒い部屋内ですが、敷布団の上に毛布を敷き、もう一枚の毛布と掛布団を掛ければ、部屋の寒さは気にならず暖かく寝られます。

この日の夕食は、ご飯、味噌汁、春雨サラダ、千切りキャベツ・ブロッコリー・ケチャップスパゲティ・カニカマ添えのハンバーグとクリームコロッケ。ご飯と味噌汁はお代わり自由です。

雪の季節なので人は少ないかと思いきや、山荘内はけっこうな人。到着時には他の部屋は空いていましたが、いつの間にやら埋まり、談話室として使えるレストハウスもたくさんの人。ここで食べられる西穂らーめんが人気なようですが、今回は時間が合わず、食べること能わず。

2日目。予報通り、朝から雪です。といっても大雪というわけではなく、下山に難儀するというほどではありません。どんよりとした空の下、前日見えた胸がすくような景色ではなく、荒涼とした感じです。

歩行訓練をしてから、下山開始です。前日に登った急坂は、今度は急な下りになります。雪が無くても急な下りは苦手なので、慎重に一歩一歩下りていきます。急な下りは本当に怖い。自分が転げ落ちて人に追突してしまったらとか、後ろの人が滑って追突されたらとか、色々余計なことを考えてしまうのがいけないのかもしれません。

無事、西穂高口駅に到着して、ロープウェイに乗りこみます。前日ロープウェイ内からきれいに見えた景色は、この日は見えません。下りのロープウェイと上りのロープウェイが途中ですれ違いますが、上りのロープウェイはガラガラかと思いきや、定員みっちり乗車している感じです。雪山好きの人は、ロープウェイが運航できる程度の荒天は、まったく気にしないらしい。

下山後は、平湯温泉のひらゆの森に立ち寄り、温泉で温まり、飛騨牛の朴葉みそ焼きの昼食をとりました。飛騨牛の朴葉みそ焼きより、この地方でよく食べられているという、すが立ったような見ための豆腐が、予想に反して美味しかったです。

ひらゆの森は、玄関前に雪吊が設置されている、風情のある和風建築です。外国人が好きそうな建物ですが、実際、外国人旅行者が吸い寄せられるように入っていきます。

肝心の温泉は、内湯だけでなく、温度違い、濁り具合違いのいくつもの露天風呂があります。入浴後は広々とした湯上り処で休むもよし、お食事処で食事をするのもよし、です。湯上りにはやはりフルーツ牛乳だよね、ということで、湯上り処でパイン味のフルーツ牛乳をごくり。

入浴料は安くとも1000円はするんじゃないかと踏んだのですが、HPによると500円。お風呂で世間話をした愛知から来たという観光客や、外国人旅行者が続々と来るわけです。

こんな感じで、雪いっぱいで寒かった西穂高・丸山の初心者向け雪山登山は終了です。

雪で寒かった川苔山

土曜日に川苔山に行ってきました。

今回の目的は2つ。1.百尋の滝経由で川苔山に登り、古里駅に下りる、2.山頂でジェットボイルでお湯を沸かし、カップヌードルを食べる、です。

百尋の滝経由で川苔山に行くには、奥多摩駅から西東京バスで東日原方面行きのバスに乗り、川乗橋バス停まで行く必要があります。

この日は金曜日までの暖かな気候とは変わり、寒気が日本列島を覆っていたため、朝から曇りで肌寒い。3時間ごとの天気予報の15時頃は雪のマークもついていたし、登山者は少ないかなと思っていたら、予想に反して奥多摩駅には、結構な登山者の姿があります。そんなわけで、東日原方面行きのバスの列に並んでいると、川乗橋バス亭までの臨時便のバスが出ることに。川乗橋バス停までの臨時便は、全座席が埋まり、立ち客もいて、乗客は30名はゆうに超えていました。

奥多摩駅から川乗橋バス停までは15分くらいです。バスを降りると「川苔山登山口」という標識がありますが、登山道に行くまで舗装された林道を延々と歩きます。持って行った地図によるとバス停から登山道までの登りのルートタイムは1時間。1時間はかからなかったと思いますが、「まだ登山道に着かないの?」と思うくらいは歩きます。

林道の入り口はゲートがあり、一般の車は基本的に通れないようになっています。以前、奥多摩でキャニオニングをした時に、ワゴン車でここのゲートをくぐった覚えがあります。7月の暑い日で、林道を歩いている登山者の姿を車内から目にし、アスファルトの照り返しで暑そうだなと思ったものです。

土曜日は曇りの寒い日だったのでアスファルトの照り返しはないものの、坂道を歩き続けていると暑くなってきます。暑ーいと思っていると、林業関係者とわさび農家の人の車が追い抜いていきます。この林道の先にわさび田があるのでしょうか。おろしたわさびにかつお節をまぜ、醤油を垂らしたものをアツアツのご飯にのせると美味しい。本わさびを買って帰ろうかと、帰りのことを考えてうきうきしてきます。

やっと登山道に着くと、周囲には閉鎖中のバイオトイレ、稼働していない水力発電の小さな小屋、ベンチなどがあります。登山道に入る前に、ここでカッパの上衣だけを身につけます。というのは、林道を歩いている途中から、あられが降ってきたからです。

天気予報では15時に雪表示だったので、急いで行動すれば雪に降られないで済むかも、という期待は破れ去りました・・・。まだ9時過ぎなのに、もう雪が降っています。進むか、撤退するか迷いましたが、そのうち止むかもと楽観的に考え、雨具を身に着け進むことに。結果から言うと、粉雪だったり、ちょっと強くなったり、あられだったりしましたが、登山中ほぼずっと雪が降っていました。

百尋の滝までは、林道や沢沿いの登山道を歩き続けます。地図のルートタイムでは、登山道の始めから百尋の滝までは50分。地図のルートタイムは多めに見積もっているようで、バス停から休憩込みで1時間30分から35分くらいで着きました。

百尋の滝に到着するまでは、大小合わせて木製の橋を14くらい渡ります。丸太だけで出来ているもの、上面は木製で下部は金属で作っているもの、渓流の上にかかっているもの、登山道と登山道を繋ぐためのもの、いろいろですが、作りはしっかりしていて安心して渡れます。といっても渡渉もあり、岩を越えたりするので、ハイキング気分で来るところではないと思います。

肝心の百尋の滝は、スーッと上から下に流れています。ドドーッと迫力がある感じの滝ではありませんが、きれいな滝です。滝も見たし、雪の心配もあるしで、ここで引き返そうかなとも思いました。が、なぜか百尋の滝のそばでは雪が止んでおり、きっともう雪は降らないんだ!とまたも楽観視し、川苔山を目指すことに。

しばらく行くと分岐があり、足毛岩の肩経由で山頂を目指す登山道、足毛岩の肩を経由しない登山道に分かれます。標識には足毛岩の肩経由が山頂まで1.9km、経由しない方が1.2kmとあります。ですが、持っている地図のルートタイムは、足毛岩の肩経由は70分、経由しない方は65分となっています。距離が700m違うのに、時間は5分の違いということは、単純に考えて、経由しない方がキツい行程なのでは?結局、早く着く(はず)の経由しない方のルートを取ることにしました。

予想をしていましたが、やはり足毛岩の肩を経由しないルートはキツかった・・・。皆さん足毛岩の肩経由で登りたいらしく、振り返っても経由しない方のルートを登ってくる人は見えません。前を歩いていた健脚の女性の姿も見えなくなり、雪の中、一人ぽっちで登り続けます。

歩いては休み、歩いては休みを繰り返して、船井戸方面からの登山道と合流する平坦な地点にやっとたどり着きました。昼食の準備をしているグループがいて、やっと人がいるところまでやって来れました。ここから山頂まではなだらかな道を登って、すぐ。

人の姿をみて安心したのと、山頂が近いことの喜びで、一気に足取りが軽くなり、山頂へ。川乗橋バス停から3時間10分かけて、山頂に到着しました。

山頂も、雪がチラホラ降っていました。そして、風が冷たい。日本列島全体に寒気が来ているとはいえ、3月の奥多摩の山はまだまだ春にはほど遠いです。

さぁ、ジェットボイルでお湯を沸かすぞと思いましたが、ジェットボイルを使うのはこの日が初めてです。事前に説明書を読み、セッティングをしたことがありますが、実際使うのは初めて。慣れていないので、持って行った説明書を見ながらセッティングをしますが、素手でセッティングをしていると、指先がかじかんでうまく扱えません。ガスカートリッジの表面はすっかり冷えてて、持つと指先の体温が奪われます。もたもたとセッティングをしていると、どんどん身体は冷えてきます。気は急くのに、セッティングは遅々として進みません。

そして、ジェットボイルでお湯を沸かすことを諦めました。何とかお湯を沸かしたとしても、冷たい風が吹く中、カップラーメンが出来上がる3分間待つのは、正直きつい。それならもうサクッとパンを食べて、冷たい風が吹きつけ、雪も降る山頂はさっさと後にした方が良いのではないかという気持ちになりました。

というわけで古里駅を目指して下山するぞと、山頂を後にしました。山頂にいた時間は、10分にも満たない。

下山路は、やたらと急坂でした。以前通ったときは、こんな感じじゃなかった気がするものの、自分を納得させて下っていきました。急坂を下っていった先で、崩落のため通行止めになっている登山道に出合い、変だなと思っていると足毛岩の肩方面を示す道標がありました。

下りる方向、間違えました・・・。川苔山山頂に到着する前、舟井戸方面からの登山道と合流する地点で「古里まで6km」という道標を見て、こっちに下りるんだなと思ったはずなんですが・・・。慌てて行動すると、ろくなことになりません。

山頂にもう一度戻ることも考えましたが、足毛岩の肩経由のルートも行っておきたいので、そのまま下山することにしました。足毛岩の肩経由ルートは、山頂近くはけっこうきつい急坂が続きますが、それ以外はトラバース気味の道が続き、多少のアップダウンはあるもののきつい登りがひたすら続くルートではありませんでした。途中、外国人女性2人組や、東南アジア系外国人グループに遭遇しましたが、意外に国際色豊かな川苔山です。

道なりに下り、足毛岩の肩経由と経由しないルートの分岐に到着し、百尋の滝を横目で見て、そのまま川乗橋バス停へ。

こんな感じで川苔山登山は終了しましたが、それにしても川苔山は寒かったです。そしてスギ花粉が舞っていて、くしゃみ、鼻水、咳に悩まされました。3月下旬でも奥多摩の山は花粉症もちには鬼門です。今回の山行の目的については、百尋の滝を見ることは達成したものの、古里駅には下りられず、ジェットボイルでのお湯沸かしも出来ずで、なんだか不完全燃焼です。ジェットボイルの練習は、高尾山ですることにしよう。

 

 

 

 

ラ・バヤデール(@新国立劇場)3/2②

続き。

華やかな宴の宴もたけなわ、踊り子としてニキヤが登場します。婚約披露宴で恋敵のガムザッティと並ぶ恋人ソロルを前に、苦し気で悲し気な踊りを披露することに。ニキヤの悲しげな様子に平静でいられないソロル。ですが、福岡君演じるソロルは、ガムザッティと一緒になると決めているようです。ニキヤを目にして居心地は悪いけれど、かといってニキヤとよりを戻すつもりはない。ガムザッティはまったく動じず、自分が勝利者であるといった風情です。

絶望しながら踊るニキヤに、花籠が渡されます。ソロルから渡されたと思い、ソロルへの愛しさを込めて踊り続けるニキヤ。実はその花籠はラジャーの企みによるもので、中に毒蛇が仕込まれているもの。毒蛇に噛まれ、ガムザッティの仕業だと名指しするニキヤ。ニキヤが毒蛇に噛まれたことを目撃した時の米沢ガムザッティは、それに驚いていた様子でした。そして父ラジャーを見て、父が指示したことを理解し、納得していた様子。自分が直接指示を出したわけではなく、ニキヤを排除する共謀はしていたけれど、この場面で実行されるとは思わなかったという感じでしょうか。

瀕死のニキヤにハイ・ブラーミンが駆け寄り、解毒剤を与える交換条件に自分のものになるよう口説きますが、当のニキヤはソロルを仰ぎ見ます。自分の視線に応えないソロルに絶望したニキヤは、そのまま亡くなります。「ジゼル」なら亡くなった恋人に駆け寄るところですが、ソロルはいたたまれず、走り去っていき、2幕は終了です。

今回の花籠の場面、踊りが一部カットされていました。カットされていたのは、花籠がソロルからのものだと誤解したニキヤが、ウキウキして踊り始める場面です。花籠を持って大きく横にグリッサード(?)したり、徐々に花籠を持ち上げていって頭上に高く掲げてポーズする一連の踊り。他の版では普通に取り入れされている踊りですが、牧版では初演になかった踊りで、再演の時に組み込まれていました。今回はカットされたみたいですね。悲し気な場面でいきなりウキウキと踊り始めるのはちょっと違和感があり、なくてもいい踊りなのでは、と思っていました。が、ニキヤの感受性の高さを考えれば、その場その場で瞬時に感情が変わるニキヤの性格の一貫性の点では、あのウキウキダンスは整合性が取れていた踊りだったのかも。

3幕。ニキヤを死なせてしまった後悔で、現実逃避をしているソロル。牧版では水タバコを飲んで、夢の中に入っていくソロルとなっています。他の版ではアヘンを服用し、幻覚に見ることになっていますが、様々な配慮からアヘンから水タバコに変更しているのでしょうか。

影の王国。夢の中で、ソロルは岩の上に立つニキヤの姿を認めます。ニキヤが消えるや否や、舞姫たちが岩場から下りてくる幻影を見ます。

三段のつづら折りになった坂を32人の舞姫の幻影が、アラベスクを繰り返しながら音もなく下りてきます。アラベスクとそのあとの静止ポーズが一セットの同じ動作の繰り返しで、次々と舞姫たちが登場してきます。向きは違えど、すべての舞姫が同じ動作、等間隔なので、坂を下りていく途中で一番下の段、その上の段、またさらにその上の段にいる舞姫たちの動きが重層化されます。

縦・横の列ともに乱れはなく、踊りのタイミングは一緒。重なり合った踊りは、空間にレース編みで美しい模様が描き出されているようです。イスラム美術のアラベスクを人間の動きで表現すると、ここまで美しいものになるのか。静謐で哀しいけれど、美しい。美しいけれど、哀しい。

曲調が変わるのに合わせて、坂を降り終わった舞姫も、坂の途中の舞姫も一斉に舞台上に並びます。横に8人が等間隔に並び、奥に向かって4列整然と並ぶ姿は壮観、かつ荘厳です。クラシックバレエの群舞の美しさを堪能する作品は数あれど、(自分比では)この影の王国に匹敵するものは無い。影の王国の群舞は、クラシックバレエの粋を集めたものだと思います。この美しさは筆舌に尽くしがたい。新国立劇場の影の王国の群舞は、その昔、芸術賞を取ったこともあるくらいですから、何年かぶりの上演でもその精神が息づいているようです。

影の王国でのニキヤは、あくまで幻、現実感はありません。全体的にゆったりした踊りで、長いベールを小道具として使ったり、見た目よりずっと難しそうです。1幕の冒頭の恋人との喜びに満ちた踊りとも、2幕の悲しみにつぶされた踊りとも、雰囲気がまったく違います。小野さんが踊りやすいように、福岡君がタイミングをみながらベールを操っているのが印象的でした。

「ジゼル」のように、どこでニキヤはソロルを許するのかといった見方もあるようですが、観ていてよく分かりませんでした。ソロルの夢の中の話で、ニキヤが自分の意思で出てきているわけではなく、許す・許さないといったことはないのかもしれません。

ニキヤの姿を求め寺院に向かったソロルは、そこで結婚式に臨むラジャーとガムザッティに遭遇し、そのまま結婚式を行うことに。気の進まないソロルですが、ことここに至って逃げることは出ません。しかし、神の怒りをかい、結婚式を前に落雷により寺院が崩壊してしまいます。牧版は寺院を構成しているハリボテのセットがいくつか落ちてきます。ハリボテとはいえ、大きな塊が落ちてくると、おおっ!と思います。

混乱の中、斃れたソロル。天上に繋がる坂の前にニキヤをみつけ、後を追います。ニキヤの垂らしたベールをつかみ、ニキヤに続いて天上への坂を登り始めますが、途中で命尽きます。斃れたソロルを顧みることなく、ニキヤは前を見つめ一人天上に向かっていく、で終幕です。

神に仕える一人の女性を悲しませ、死に至らしめた罪は後悔ぐらいでは贖われることはないということでしょうかね。

ラ・バヤデール(@新国立劇場)3/2①

3/2のラ・バヤデール(@新国立劇場)に行ってきました。

冷凍イチゴケーキの衝撃は置いといて、公演の感想をメモ。

初日のラ・バヤデールは配役が豪華です。主役のニキヤは小野さん、ソロルは福岡君、ガムザッティは米沢さん、ハイ・ブラーミンは菅野さんという面子。いやがうえにも期待が高まります。実際、ニキヤ、ソロル、ガムザッティの3人がとても良くて見ごたえありました。

1幕。舞姫たちの踊りによる儀式が終わり、薄いベールを被ったニキヤが静々と登場します。ハイ・ブラーミンがベールをサッと剥ぎ取ると、小野ニキヤの全貌が露わになります。ベールが取られた瞬間のニキヤの様相は、静かな気高さ。崇高さを持った、神に仕える乙女です。

ハイ・ブラーミンはたまらず、ニキヤに求愛。菅野さん演じるハイ・ブラーミンは本来理性的な人物なのに、ニキヤに対してはどうしようもなく惹かれてしまう。聖職者としての自分の立場は分かっているけれど抑制がきかず、自分の思いを伝えずにいられない状態のように見えます。ステレオタイプの悪役ではありません。

ハイ・ブラーミンの求愛を拒絶したニキヤ。周囲に人がいなくなると、恋人の戦士ソロルと逢引きします。ソロルと二人きりの時のニキヤは、恋する乙女に変貌です。崇高な乙女の姿から、ソロルが恋しくてたまらず、愛しさがあふれ出て止まらない一人の若い女性の姿になります。小野さんのしなやかな背中が美しい。ラブラブモード全開、小野ニキヤと福岡ソロルの息の合ったパ・ド・ドゥで、1幕冒頭から満足度高し!

そんな恋するな2人ですが、ラジャーの娘のガムザッティとソロルの婚姻話が持ち上がります。ラジャーの命令に、当初は固辞するソロル。ですが、滅多に近くに寄ることも出来ない高貴なガムザッティの美貌を目にしたソロルは、ガムザッティに魅了されてしまいます。

福岡ソロルの気持ちも分からないでもない。米沢さんのガムザッティは美しかった。豪華な装いと輝かしい美貌、何者にもこびない高貴なたたずまいをそなえたガムザッティ。気位の高さもうかがわれます。手に入れたくても通常だったら手に入れられない女性が自分の妻になるとしたら、舞い上がってしまうのも頷けます。

ソロルは笑顔を見せてガムザッティと楽しいひと時を過ごしますが、一方のガムザッティは娘らしい恥じらいを見せるでもなく、表情の変化はほぼありません。なるほど、気位の高い深窓の姫君が、初対面の男性といきなり親し気な雰囲気で過ごすには無理があるというもの。高貴な方というのは、周りへの影響を考えて、感情をオープンにしないこともあります。

ハイ・ブラーミンのラジャーへの告げ口(ニキヤとソロルは恋仲という告げ口)を、陰でこっそり聞いていたガムザッティ。どんな女か値踏みし、ソロルと別れさせるため、ニキヤを呼び寄せます。ニキヤに面を上げさせてみると、その美しさに驚きます。宝石を渡して懐柔しようとするも、もらう理由はないと受け取らないニキヤ。ソロル肖像画を示し、別れを迫るも、がんとして譲らないニキヤ。なおも宝石を渡して、別れるよう命令するガムザッティ。米沢さんのガムザッティは、身分の低い女が自分の夫になる男性の心の中にいるのが我慢ならないという感じです。気位の高い姫君なので、別れるよう懇願するようなことはしない。このガムザッティは、ソロルに恋しているわけではなさそうです。

女性同士のいざこざの末、ナイフを目にしたニキヤは、そのナイフでガムザッティに襲い掛かります。召使に止められて、自分の思わぬ行動に動揺し、その場から逃げ去るニキヤ。ソロルとの熱愛ぶりからも分かりますが、神に仕える舞姫として、感受性が強いタイプの人物のようです。

ニキヤの凶行から逃れて、我に返ったガムザッティ。ニキヤへの怒り、ただではすまさないと決意を固めます。この一連の流れの米沢さんが怖かった。怒りの炎がメラメラと上がっていくのがみえました。米沢さんのガムザッティ、良い!

2幕に入ると、ガムザッティとソロルの婚約披露宴の場面になります。黄金の仏像の福田君の踊りは、いつものように身体能力の高さを見せる。ピンク・チュチュの五月女さんは小柄なのを感じさせない踊り。

2幕のガムザッティとソロルの踊りがとても良かったです。米沢さんも福岡君も技術に定評のあるダンサーですから、それぞれ素晴らしく、組んで踊るとさらに豪華になります。

米沢さんの踊りは、人間の身体ってここまで出来るんだ、こんなにコントロール出来るんだと教えてくれます。気負わないで披露する技術の高さが、ガムザッティの気位の高さとフィットしているように見えます。一方の福岡君は、米沢さんのピルエットを自然にサポート。そして自身の踊りは、後ろのカブリオール(なのかな?)で余裕を持って、空中でパタパタと足を明確に打ちつける。

 

長くなったので、続く。

東京の秘湯をいく

タイトルがぶらり温泉一人旅のような感じですが、何のことはない、成人の日に奥多摩の浅間嶺の下山後、温泉に寄ったメモです。

温泉の名は蛇の湯温泉(たから荘)。東京で唯一の秘湯です。奥多摩周遊道路につながる檜原街道沿いにあります。

浅間嶺の登山口(下山口)は檜原街道沿いにいくつかありますが、当日は持っていく地図を間違えてしまったため、なじみのある浅間尾根登山口バス停の方に下りていきました。

バス停から檜原都民の森方面に向けて徒歩で20~30分。檜原温泉センター数馬の湯を過ぎてさらに進むと、進行方向右手にバーンと「蛇の湯温泉たから荘」という大きな看板が見えてきました。

「こんなの秘湯じゃない・・・。」

バイクでツーリングしている人やサイクリングしている人が、元気よく街道を走り抜けていくし、近くの公衆トイレ付近では工事をしているし、いくつも民家があるし、登山口もあるし。

さらに行くと、かやぶき屋根の古民家に到着しました。右手に見えた大きな看板は、宿の駐車場のためのものだったようです。たから荘はその向かい側の古民家。趣のある古民家は秘湯というに相応しいです。 軒先に「日本秘湯を守る会」と書かれた提灯が下がっています。

玄関を入るとすぐに、宿のご主人(?)が出てきました。内部は古民家らしく少々暗いものの、年季が入ってつやつやとした木材が良い感じです。何も言わないでも温泉入浴に立ち寄ったと察してくれて、案内をしてくれました。ザックを持って入っていいものかと思いましたが、特に注意は無かったのでそのまま持ち込ませてもらいました。

料金は1000円。脱衣所に貴重品入れ等は無いので、受付で貴重品を預かってくれます。受付で渡された紙の券に名前を書いて、氏名部分が空欄の半券をもらいます。帰るときにこの半券に氏名を記入し、預けた貴重品につけた半券の氏名と照合して、貴重品を返還してもらうシステムです。温浴センターなどでプラスチック製の番号札で荷物を預かってもらうのとシステムは同じですが、プラスチック製の番号札じゃないところが古民家の雰囲気に合っていて良いです。

浴室は母屋と階段でつながったはなれにありました。結構階段を下りるので、足の不自由な人は一人で浴室まで下るのは大変かもしれません。母屋は古民家といっても現代的に暖房がしっかり効いていましたが、浴室へと下る階段は暖房が効いていません。寒い・・・。そして脱衣場も暖房が多少は入っていたのかもしれませんが、ほぼ効いていませんでした。さ・・・、寒い!

脱衣場には温泉の成分表や、秘湯への思いが綴られた説明書き(?)が掲示されていました。色々な意見がある中で、守り続けてきた温泉なんですね。たから荘に向かう途中、明るく開放的な数馬の湯の前を通りましたが、気軽に入れる数馬の湯のような温浴施設も良いと思う一方、たから荘のような雰囲気のいい古民家に設置された温泉も無くして欲しくない。

寒い寒いと思って浴室に入ると、浴室内には誰もいませんでした。脱衣場は使った跡がありましたが荷物は置いてなかったので、温泉ひとりじめかなと思っていましたが、案の定。時刻は13:45過ぎ。秘湯の温泉ひとりじめは贅沢な気分です。

浴室は普通の旅館やホテルの大浴場と同じような感じです。露天風呂はありません。内湯が一つに、シャワー付きの洗い場が3つくらい(うろ覚え)。泉質は秘湯の会に加入している温泉なのでおそらく良いのでしょうが、泉質の違いが分かる人間ではないので、どうなのかよく分かりませんでした。硫黄の香りがしないので、硫黄泉じゃないことだけは確かです。浴室の窓からは下を流れる渓流が見えます。

浴室内にボディソープ、シャンプー、リンスの設置あり。その名も「秘湯ボディソープくまざさ、秘湯シャンプーくまざさ、秘湯リンスくまざさ」。これらは日本秘湯を守る会会員になっている温泉にしか卸していないもののようで、たから荘受付でも買えるらしいです。

湯上り後に食事をする登山者もいるようですが、どこで注文するのか分からず、預けていた荷物を受け取ったら、たから荘を後にしました。食事はどんな感じのものがあったんでしょうね。気になります。

その後は帰りのバスの時間まで、まだ間があったので徒歩で数馬の湯まで行ってみることに。数馬の湯は下山者や近隣の家族連れで賑わっていました。パンやこんにゃく、漬物、はちみつ、お菓子、野菜など檜原の特産品が売っていて、お食事処もあります。食べてみたかったじゃがいもアイスもここで食べることができました。じゃがいもアイスと普通のバニラアイスとの違いは・・・あまり分かりません。なめらかな食感で、じゃがいもが入っていると言われないと分からない感じです。

東京の秘湯メモは、これにて終わりです。

 

ニューイヤー・バレエ②

つづき。

帰路の途中でちょっと気になった可愛い子(娘)にちょっかいを出して、大事な火の鳥の羽根を奪われてしまう王子。娘と触れ合っている間は、羽根を奪われたことに気付きません。

火の鳥の羽根で父王の権力を強化しようとしているけれど、どう使うか明確なビジョンは持っていないように見えます。切実さのない王子だから、寄り道して簡単に羽根を取られてしまうのかも。火の鳥から羽根をもらう冒険はしても、王子の描く未来の世界は、今まで自分が歩んできた延長線上にあるようです。単純な人間で肩肘張っておらず、無理もしていません。ですが、そんな王子だから、娘の心の奥底に眠っていた女性性を呼び起こすことができたのでは?

娘から火の鳥の羽根を渡された反乱軍のリーダー。勝ち誇った表情を浮かべ、パッと羽根を掲げます。羽根を奪われたことに気付き、驚愕する王子。こういう間抜けな王子役が、井澤君、上手い。美形だから、滑稽には見えないし。

対して反乱軍リーダー役の福岡君は、クラシックの王子役で見せるノーブルさは皆無です。踊りはキレキレで、生き生きとしています。舞台の奥に向かってただ歩く後ろ姿にも存在感があります。反乱軍の一群と行動するときは、内に秘めた強さと統率力を感じさせます。踊りも良かったですが、存在感・演技力でも魅せていたので、ロミオとジュリエットのティボルトも合いそうだな、とぼんやり感じました。

反乱軍の召喚に応じて出現する火の鳥。旧来の世界を破壊し、新たな世界を創造しようとしている反乱軍と共にある火の鳥は、王子と邂逅した時のような妖しげな雰囲気はありません。暴力を是とし、力強さを感じさせる男性性を発していました。

羽根を取り返そうとする王子に、仲間を裏切り王子に協力しようとする娘。娘の裏切りに激高した反乱軍。反乱軍が娘を責め立てる中で、娘が少年ではなく女性であることが明らかにされてしまいます。

暴力が支配するさなかに、激高したテストステロン多めの反乱軍の男どもと、か弱い娘一人。後はまぁ、お分かりですよね、こういう場面で女性がどんな目にあうか・・・。どぎつい表現方法ではありませんでしたし、ストーリーの展開上しょうがないこととはいえ、新年からこんな場面観たくない・・・。

獣のように娘に襲い掛かる反乱軍の男どもに対して、リーダーは助けようとも制止しようともしません。このシーンで、王子やリーダー、火の鳥は何していたんだっけ?舞台からはけていたような気がします、うろ覚えですが。

もっと前の場面でリーダーに反発して独自の行動をとっていた反乱軍の一員もいたので、リーダーが制止したところで反乱軍の男性陣の娘への暴力は止めようがなかったかもしれません。そしてリーダーは、きれいごとだけじゃない、濁ったものも併せ呑む人物のようにも見えますし。

混乱の中ですべてが焼き尽くされ、舞台上に残ったのはボロボロになった娘と、火の鳥の死骸。あらすじによると、娘は自分の中に新たな命が宿ったことを悟る、とあります。そして死から蘇った(?)火の鳥が、娘に近づいていきます。

新生した火の鳥は、女性性も男性性も、善も悪もない、ニュートラルな状態になっています。娘に近づいても、娘の中の新たな命の萌芽を祝福するわけではない。ただ、火の鳥との接触で、新たな命がしっかり娘の中に根付いたかもしれません。

火の鳥は舞台奥に向かって、客席に背を向けて去っていき、そして舞台には娘が一人立ち尽くします。この時の12日の米沢さん、13日の五月女さん共に、表情が読み取りにくい。激しい暴力の末に傷ついた心と身体で嘆き悲しんでいるようでもないし、お腹の子とこれから強くたくましく生きていこうといった決意も感じられないし、希望を見出しているようにも見えませんでした。あの表情は何を表していたのだろう?あるがままを受け入れていくといった感じでしょうか?

最後の場面で、長い布(旗でもないし、横断幕でもない)をなびかせて、死んだはずの人々が舞台上を駆け回る演出は、何を示唆していたのでしょうか?

最後に?を残して中村恩恵さん版「火の鳥」は幕を下ろしました。観ていて分からない部分はありましたが、ストラヴィンスキーの音楽に触発されて、フォーキンの火の鳥とは全く違った世界を構築するのは、一言「すごいな」です。ただ日本のお正月には向いてない内容かも。

3演目めはフォーキンの「ペトルーシュカ」です。これもあまり観ない演目で、観るのは久しぶりです。直近で観たのは、東京バレエ団でローラン・イレールが主演した舞台だったでしょうか。この演目も、最後は物悲しくて、めでたさはありません。

カーニヴァルの日、見世物小屋の幕が開き、見世物小屋の親方の笛で、人形3体(ペトルーシュカバレリーナムーア人)が踊りだします。

最初は両脇の下の補助棒に身体を預けた格好で、脚だけの素早い動き。バレリーナ人形役の池田さんが可愛く、細かい脚の動きと音の合わせ方が見事でした。ムーア人人形(中家君)はどっしりと、力強く脚を動かします。ムーア人の顔の色が、黒(こげ茶)ではなく、褐色になっていたのが驚き。時代の変化に合わせて、差別や侮辱にならないように変えているのでしょうか。

この2体のテキパキした踊りと比べて、奥村君演じる人形ペトルーシュカは、脚はしっかり動かしているのですが、上体が右へ左へふらふらと動いています。バレリーナムーア人は上体がしっかりと微動だにしません。この3体の並びだけ見ても、ペトルーシュカは異質なことが分かります。ペトルーシュカだけ芯が通っていない感じです。

補助棒から解き放たれ、広場で踊りだす3体。バレリーナはやはり可愛く、ムーア人は力強い。ペトルーシュカは、ぎこちない踊りで、膝が曲がり、上体は背中を丸くして前方に傾け、腕は前にだらーん。弱そう・・・。ペトルーシュカは、バレエの登場人物(?)上、最弱のキャラクターかもしれません。「ドラえもん」ののび太君でさえ、ペトルーシュカには勝てるはず。

そんなペトルーシュカは、人形なのに心を持ってしまい、バレリーナ人形に恋をします。切ない恋心を訴えても、バレリーナは力強そうなムーア人が気になり、ペトルーシュカには興味を示しません。

筋肉バカ(?)風のムーア人は、バレリーナを追い掛け回すペトルーシュカを追い払おうとします。ムーア人の暴力から逃げようと広場に出てきたペトルーシュカムーア人はなおも執拗に追いかけ、刀でペトルーシュカを斬りつけます。凄惨な出来事に広場の人々はざわめき、斬りつけられたペトルーシュカの屍を囲むように事態を見守っています。そんな人々をかき分け、「心配ないよ。」とでも言うように、ペトルーシュカを持ち上げ人形であることを周囲の人々に示す見世物小屋の親方。安心した人々は三々五々帰っていきます。

最後に屋根からペトルーシュカの亡霊が飛び出し、ムーア人の非を訴える姿に、親方が恐れおののく。「ペトルーシュカ」はこんな感じで終わります。

奥村君、池田さん、中家君の人形ぶりが 良い。池田さんは人形役に徹しようと、できるだけまばたきをしないようにしていたように見えました。中家君も、深いことは考えない単細胞人形を演じきっていたし。人形模様の合間の広場の人々の踊りも楽しい。「くるみ割り人形」でも目を引いた速水君(悪魔の仮装という役柄。小汚い馬の扮装かと思ってましたが、違った・・・)は、今回も踊り終わりをピタッとしめるダンスを披露。

そして主役のペトルーシュカの奥村君。ぐんにゃりとして、芯が通っていない。自分の筋力で動かしているというより、魔法で動いている感じがします。振り子運動のようにぶらんぶらんと動き続け、腕は上げても、重力ですぐにパタンと下がります。上体はだらんとしていますが、足元を見ると意外に高くジャンプしていたりします。全身がだれているように見せかけて、身体のパーツごとに細かくコントロールしているようです。スッとした立ち姿で踊っているより実はハードで、難しそうです。表現面でもどうしようもない哀れさや物悲しさが伝わってきました。

火の鳥を演じた木下君といい、ペトルーシュカを演じた奥村君といい、不思議の国のアリスで白ウサギを演じた2人は、今回挑戦しがいのある役が配役されていました。2人とも今回の公演で、他のどの役に配役されるのが相応しいかと考えると、それぞれが演じたもの以外ないという気がします。奥村君はレ・シルフィードの詩人も合うと思いますが、それじゃ当たり前すぎてつまらないので、演じるならペトルーシュカでしょうね。

それにしても、中村版「火の鳥」を新年のガラに持ってくるなんて、挑戦的だなぁというのが今回の一番の感想です。

ニューイヤー・バレエ(@新国立劇場)

新国立劇場の「ニューイヤー・バレエ」(1/12、1/13)を観てきました。

個人的には楽しみましたが、「火の鳥」といい、「ペトルーシュカ」といい、新年のっけからめでたさがまったくない・・・。以前3月頃に中劇場でやっていたトリプル・ビルとして上演する方が相応しかったのではと思いますが、トリプル・ビルの枠が無くなってしまったようなのでニューイヤー・バレエでやるしかないのかもしれません。

さて、最初の演目は「レ・シルフィード」です。

10年に一度位の頻度でしか観ない演目だったのに、12月のマリインスキー劇場バレエの来日公演で2回、今回のニューイヤー・バレエで2回。1か月ちょっとの間に4回も観るなんて、どうしたことか!

12日はメインのシルフィードが小野さん、詩人が井澤君。小野さんはふわっと軽やか、重力を感じさせません。そして井澤君もアントルラッセが軽い。

(この詩人の軽やかさはシルフィード達につられてのものなのか。いや、もしかしたら詩人は生身の身体でシルフィード達と戯れているのではなく、精神だけがシルフィード達の元に飛んできているゆえ、軽やかなのか。)などと感じました。

小野さん・井澤君のペアを観ることはあまりありませんが、この組み合わせも安定感があって悪くありませんでした。ですが、井澤君の高身長は、長身の女性ダンサーと組まないともったいない気がします。

13日はメインは木村さん、渡邊君です。このペアは、シルフィードと詩人は恋人同士という設定に見えます。寄り添う姿に愛を感じる。

この日は上の方の階から観ていたので、コールドのシルフィード達のフォーメーションがよく見えました。左右対称に展開して、美しい。舞台上に描くフォーメーションをじっくり観られるのは上の階ならでは。こんな形を描いていたのか、と存分に楽しみました。新国立劇場バレエのコールドは本当に質が高いと感嘆。

両日同じ役を演じた寺田さんは調子が良さそうだったし、細田さんはポールドブラが優雅でした。

休憩挟んで、2演目めは中村恩恵さんが新たに振り付けた意欲作、「火の鳥」です。

この作品、フォーキンの火の鳥の世界観とは全く違います。事前に物語の設定が書かれたあらすじを読んでいないと、「???」になると思います。あらすじを読んでいても、何を表現しているのか観ていて分からない部分がありましたから。

あらすじによると、主な登場人物は火の鳥、独裁者の王の息子(王子)、反乱軍のリーダー、政治批判をしたかどにより処刑された王の元側近である人物の娘。王子は父王の権力をさらに絶対的なものにするため、一方反乱軍は王を倒すため、それぞれ火の鳥の羽根を入手しようとしているという設定です。

舞台の中央にショートカットで着の身着のまま、はた目からは性別も定かでないような娘(12日は米沢さん、13日は五月女さん)が一人うずくまっているところから始まります。家族も家も失い一人ぼっちになった娘は、生きる気力もなさそうです。そんな娘を見つけた反乱軍のリーダー(福岡君)が、行き場のない娘を男装させて、反乱軍に迎え入れます。リーダーは力強さだけでなく、包容力もある。

一方で火の鳥を探し、見つけた王子(井澤君)。火の鳥は木下君。赤い羽のついたガウン状の衣装に、ヒールの高さが20㎝という赤いハイヒールを履いています。

この王子と火の鳥が相対する場面が何とも妖しい・・・。

フォーキン版火の鳥は、やんちゃな王子が火の鳥を捕まえます。そして逃してもらいたい火の鳥が、交換条件として自らの羽根を王子に差し出すというもの。

対して恩恵さん版は、火の鳥は王子に捕まりません。王子の方が火の鳥に幻惑され虜になっています。そして優位に立っている火の鳥の方から、何の交換条件もなしに羽根を王子に渡します。中性である(と思われる)火の鳥の、雌の部分が王子に興味を示して反応したということでしょうか。火の鳥を演じている木下君が男性なので、女性性を出して王子に迫る(?)場面が、妖しさいっぱいです。この場面、女性ダンサーが火の鳥を演じても普通で面白くなさそうなので、男性ダンサーが演じて正解。

王子が火の鳥を羽根を手に入れたことを知った反乱軍。リーダーに救われた娘も、反乱軍の一人として加わっています。反乱軍の一人一人に設定があるそうですが、舞台を観た感じでは分かりません。王子が手に入れた羽根について善後策を講じた結果、反乱軍は女装をして羽根を奪うことに。襟元に巻いていた赤いスカーフをまちこ巻きのように巻き、クネっとしたポーズをして女装完成です。ここは、フォーキン版では捕らわれの乙女たちがリンゴを転がして遊んでいる場面の音楽が使用されていました。どことなくコミカルな音楽なので、反乱軍が女装して女性らしいポーズの研究をしているコミカルな場面と合っています。反乱軍と共に踊る五月女さんの身体能力が高い。五月女さんの方が米沢さんより少年っぽさを感じました。

反乱軍の思惑など知らない王子は、帰路で女性の一群(女装した反乱軍)に遭遇します。そして男装してさらに女装した(つまり本来の性に戻った)娘に目を止めます。うまく王子を騙して羽根を奪って来いとでも言うように、反乱軍の仲間から王子の前に突き出される娘。娘は最初乗り気ではなく、王子が娘に興味を示すと手で遮り、顔を伏せます。しかし徐々に本来の姿を解放するかのように、踊りが柔らかく滑らかでのびやかになっていきます。その結果、見事、娘は王子から羽根を奪うことに成功。といってもずる賢く、王子を騙して手に入れるという感じではありません。

つづく。