ラ・バヤデール(@新国立劇場)3/2②

続き。

華やかな宴の宴もたけなわ、踊り子としてニキヤが登場します。婚約披露宴で恋敵のガムザッティと並ぶ恋人ソロルを前に、苦し気で悲し気な踊りを披露することに。ニキヤの悲しげな様子に平静でいられないソロル。ですが、福岡君演じるソロルは、ガムザッティと一緒になると決めているようです。ニキヤを目にして居心地は悪いけれど、かといってニキヤとよりを戻すつもりはない。ガムザッティはまったく動じず、自分が勝利者であるといった風情です。

絶望しながら踊るニキヤに、花籠が渡されます。ソロルから渡されたと思い、ソロルへの愛しさを込めて踊り続けるニキヤ。実はその花籠はラジャーの企みによるもので、中に毒蛇が仕込まれているもの。毒蛇に噛まれ、ガムザッティの仕業だと名指しするニキヤ。ニキヤが毒蛇に噛まれたことを目撃した時の米沢ガムザッティは、それに驚いていた様子でした。そして父ラジャーを見て、父が指示したことを理解し、納得していた様子。自分が直接指示を出したわけではなく、ニキヤを排除する共謀はしていたけれど、この場面で実行されるとは思わなかったという感じでしょうか。

瀕死のニキヤにハイ・ブラーミンが駆け寄り、解毒剤を与える交換条件に自分のものになるよう口説きますが、当のニキヤはソロルを仰ぎ見ます。自分の視線に応えないソロルに絶望したニキヤは、そのまま亡くなります。「ジゼル」なら亡くなった恋人に駆け寄るところですが、ソロルはいたたまれず、走り去っていき、2幕は終了です。

今回の花籠の場面、踊りが一部カットされていました。カットされていたのは、花籠がソロルからのものだと誤解したニキヤが、ウキウキして踊り始める場面です。花籠を持って大きく横にグリッサード(?)したり、徐々に花籠を持ち上げていって頭上に高く掲げてポーズする一連の踊り。他の版では普通に取り入れされている踊りですが、牧版では初演になかった踊りで、再演の時に組み込まれていました。今回はカットされたみたいですね。悲し気な場面でいきなりウキウキと踊り始めるのはちょっと違和感があり、なくてもいい踊りなのでは、と思っていました。が、ニキヤの感受性の高さを考えれば、その場その場で瞬時に感情が変わるニキヤの性格の一貫性の点では、あのウキウキダンスは整合性が取れていた踊りだったのかも。

3幕。ニキヤを死なせてしまった後悔で、現実逃避をしているソロル。牧版では水タバコを飲んで、夢の中に入っていくソロルとなっています。他の版ではアヘンを服用し、幻覚に見ることになっていますが、様々な配慮からアヘンから水タバコに変更しているのでしょうか。

影の王国。夢の中で、ソロルは岩の上に立つニキヤの姿を認めます。ニキヤが消えるや否や、舞姫たちが岩場から下りてくる幻影を見ます。

三段のつづら折りになった坂を32人の舞姫の幻影が、アラベスクを繰り返しながら音もなく下りてきます。アラベスクとそのあとの静止ポーズが一セットの同じ動作の繰り返しで、次々と舞姫たちが登場してきます。向きは違えど、すべての舞姫が同じ動作、等間隔なので、坂を下りていく途中で一番下の段、その上の段、またさらにその上の段にいる舞姫たちの動きが重層化されます。

縦・横の列ともに乱れはなく、踊りのタイミングは一緒。重なり合った踊りは、空間にレース編みで美しい模様が描き出されているようです。イスラム美術のアラベスクを人間の動きで表現すると、ここまで美しいものになるのか。静謐で哀しいけれど、美しい。美しいけれど、哀しい。

曲調が変わるのに合わせて、坂を降り終わった舞姫も、坂の途中の舞姫も一斉に舞台上に並びます。横に8人が等間隔に並び、奥に向かって4列整然と並ぶ姿は壮観、かつ荘厳です。クラシックバレエの群舞の美しさを堪能する作品は数あれど、(自分比では)この影の王国に匹敵するものは無い。影の王国の群舞は、クラシックバレエの粋を集めたものだと思います。この美しさは筆舌に尽くしがたい。新国立劇場の影の王国の群舞は、その昔、芸術賞を取ったこともあるくらいですから、何年かぶりの上演でもその精神が息づいているようです。

影の王国でのニキヤは、あくまで幻、現実感はありません。全体的にゆったりした踊りで、長いベールを小道具として使ったり、見た目よりずっと難しそうです。1幕の冒頭の恋人との喜びに満ちた踊りとも、2幕の悲しみにつぶされた踊りとも、雰囲気がまったく違います。小野さんが踊りやすいように、福岡君がタイミングをみながらベールを操っているのが印象的でした。

「ジゼル」のように、どこでニキヤはソロルを許するのかといった見方もあるようですが、観ていてよく分かりませんでした。ソロルの夢の中の話で、ニキヤが自分の意思で出てきているわけではなく、許す・許さないといったことはないのかもしれません。

ニキヤの姿を求め寺院に向かったソロルは、そこで結婚式に臨むラジャーとガムザッティに遭遇し、そのまま結婚式を行うことに。気の進まないソロルですが、ことここに至って逃げることは出ません。しかし、神の怒りをかい、結婚式を前に落雷により寺院が崩壊してしまいます。牧版は寺院を構成しているハリボテのセットがいくつか落ちてきます。ハリボテとはいえ、大きな塊が落ちてくると、おおっ!と思います。

混乱の中、斃れたソロル。天上に繋がる坂の前にニキヤをみつけ、後を追います。ニキヤの垂らしたベールをつかみ、ニキヤに続いて天上への坂を登り始めますが、途中で命尽きます。斃れたソロルを顧みることなく、ニキヤは前を見つめ一人天上に向かっていく、で終幕です。

神に仕える一人の女性を悲しませ、死に至らしめた罪は後悔ぐらいでは贖われることはないということでしょうかね。