2/22マノン

街を歩いていたら、「マノンカフェ」というチョコレートを売っているのを見かけました。マノンか・・・。新型コロナウイルスの影響で千秋楽を待たず閉幕した「マノン(@新国立劇場)」でしたが、初日からもう1か月も経ってしまったのだなと感慨深いです。というわけで、2/22「マノン」をメモ。米沢さん、ムンタギロフ熱演のマクミラン「マノン」でした。

さてさて、「マノン」は冒頭、マノンの兄であるレスコーが真っ暗な舞台の中、一人スポットライトを浴び、微動だにせず座った状態で始まります。これから始まる物語に、グッと観客の視線を集めるオープニングがうまいです。

舞台全体にライトが当たって、庶民や娼婦、物乞いなど種々雑多な人々が集う宿屋の中庭があらわになります。そんなところにマノンが馬車で登場します。

米沢さんマノンの初登場シーンは、普通のティーンエイジャーの少女に見えます。兄レスコーを全面的に信頼して、裏社会のことなど全く知らない少女です。頼りにする兄のせいで、この後いっとき豪勢な暮らしをすることも出来るものの、転落の人生を歩むことになるのですが。一方、木下さんのレスコーは計算高くて快楽的な小悪党のよう。

中庭にいる男性陣はマノンの美貌に目を止めますが、その中にムンタギロフ演じる神学生デ・グリューがいます。マノンの気を引きたくて、わざとらしく後ろ向きに近づき、偶然を装ってぶつかります。ぶつかった瞬間マノンが落とした持ち物を拾い上げて出会いを演出するという、古典的な手段です。やれやれ・・・。

この出会いでデ・グリューの存在を認めたマノン。バレエでは言葉ではなく踊りで求愛を表現しますが、この場面の求愛のダンスは、激しく踊るようなものではなく、ゆっくりとした動きで一見簡単そうに見えますが、勢いをつけられないので見た目以上に難しそうです。ムンタギロフのラインの美しさが強調されます。

そしてデ・グリューの思いを受け、マノンとデ・グリューのパ・ド・ドゥが始まりますが、美しい場面なのに悲恋の予感しかありません。何といってもこのシーンに流れる音楽が、「エレジー(悲歌)」なんだもの。ロマンチックで美しく見える表面に隠された、裏側の悲しみや寂しさを感じてしまいます。

底に流れる悲恋の予感は別として、このシーンで舌を巻いたのは米沢さんのマノンの造形です。会って間もないデ・グリューに、心底楽しそうに一切の遠慮なくもたれかかる。身のもたれ方、首の傾け方が、何か色っぽいのです。小悪魔とはちょっと違う。魔性の女?

米沢さん演じる魔性の女というと、ホフマン物語ジュリエッタとか、カルミナ・ブラーナのフォルトゥナとか、どこにでもいるのではない滅多にいない系の役柄を思い浮かべます。が、今回のマノンは一見普通っぽく、どこにでもいる美少女のようにみえるけれど、何かが違う。ここら辺が、宿屋の中庭にいた男性陣が反応した所以かもしれない、と妙に納得感がありました。米沢さんはどこの引き出しからこんな人物像を引き出してきたのでしょう。

宿屋の中庭のシーンでは、物乞いのリーダーの福田さんの踊りが冴えてて良かったです。そして物乞いの一員の井澤諒さんの踊りも美しくて目を引きました。

デ・グリュー下宿の寝室。ベッドから身を起こして、父への手紙を書いているデ・グリューの姿を認めたマノン。甘い余韻に浸っているという感じでしょうか、米沢マノンはなまめかしい。ガラでよく目にする「寝室のパ・ド・ドゥ」が始まりますが、良いですね。ムンタギロフのデ・グリューと米沢マノンが絶世の美男・美女に見えてきます。

デ・グリューが手紙を出しに行って、一人残されたマノン。そこへ兄のレスコーとマノンを見初めたムッシュGMがやってきます。兄に促されムッシュGMと相対する米沢マノンですが、ムッシュGMが自分に夢中なさまを目にしてアイデアが閃いたようです。

兄に「ちょっと黙って見ていて」とでも言うように、自らムッシュGMに誘い掛けます。自分の魅力がどの程度ムッシュGMに有効なのか、試してみたくなったのでしょうか?マノンの誘い掛けにたまらなくなったムッシュGMが、マノンを押し倒そうとするのを制止する兄レスコー。途中から積極的に先導してムッシュGMを誘うようになった米沢マノン。

マノンは豪華な服や宝石にうっとりして、デ・グリューへの想いなんてどこかに吹き飛んで行ってしまい、ムッシュGMの手を取ります。レスコーは妹を高く売れて大喜び。この兄にして、この妹あり!

マノンが去ったあと、下宿に戻ってきたデ・グリュー。いるはずのマノンの姿がなく、呆然とします。レスコーが手切れ金を握らせようとしますが、マノンのとりこになっているデ・グリューは断固拒否します。そんなデ・グリューをレスコーが締め付けて、無理やり承諾させます。あまり痛そうに見えない控えめな暴力シーンでしたが、デ・グリュー役のムンタギロフが必死さがあり、かなり痛そうな表情で演じていて、役柄に入り込んでいました。

2幕、娼館でのパーティーシーン。黒っぽい豪華なドレスに、豪華な宝石を身に着けたマノン。本人は満足気な様子ですが、アンダーグラウンドの人間になったにおいがプンプンします。男性の手から手へ、モノのように受け渡される踊りは、マノンの人生を想起させます。でも美味しいものを食べられて、美しいドレスと宝石に囲まれた生活に何の不満も感じてないことが見て取れます。

娼館を訪れ、そんな様子のマノンを目にしたデ・グリュー。人々がいなくなった隙を見て、マノンに訴えかけます。現状に不満のない米沢マノンは、デ・グリューの訴えに耳を貸そうとしません。「何を言ってるのかしら、この男」という感じです。

それでもめげないムンタギロフのデ・グリュー。身を投げ出して、「戻ってきてくれ」とマノンに懇願します。バレエダンサーとして恵まれた容姿(とテクニック)を持つムンタギロフですが、この場面のデ・グリューは観ていて哀れになってきました。

自分を投げ出して懇願するデ・グリューがマノンも哀れに感じたのでしょうか、心を動かされ、カード詐欺をするようそそのかします。米沢マノンは、その時々に自分の中に沸き起こった感情に突き動かされるタイプとお見受けします。豪華な宝石が素敵、とムッシュGMになびく。デ・グリューが自分たちの愛を思い出すよう訴えても、今の生活の方が素敵だわと無下にする。一方でデ・グリューが哀れに思えてくると捨て置くことができず、復縁しましょう、となる(でもムッシュGMからもう少し搾り取ってからね、というのは忘れない)。とらえどころのない女性です。

デ・グリューは言われるままカード詐欺に加担しますが、手慣れていないので、手口がバレバレです。娼婦たちに見つかり、ムッシュGMも知るところとなります。

混乱の中、一目散に場を抜け出し、再びデ・グリューの下宿で愛を確かめ合うマノンとデ・グリュー。ですが、マノンの腕には豪華な宝石が散りばめられたブレスレットがしっかり装着されています。怒るデ・グリューに、宝石を手放す気がさらさら無いマノン。すっかり変わってしまった(とデ・グリューが思っているだけで、元々享楽的で豊かさに目がないという点ではぶれていない)マノンに呆然とするも、マノンとは離れられないデ・グリュー。

そんなところへ、手錠をかけられケガをしたレスコー、警察を伴い、恐ろしい表情をしたムッシュGMがやってきます。ムッシュGMのレスコーに対する仕打ちに、猛然と反発するマノンで、肉親の間に流れる絆は相当強いもののようです。結果的に、マノンの目の前で兄は怒れるムッシュGMに射殺され、マノンは警察に連行されてしまいます。マノンの運命は急転直下、待て3幕!というところで2幕は終了です。

2幕の主人公以外の部分について。2幕にはマノンとデ・グリューのパ・ド・ドゥと対比させるための、へんてこパ・ド・ドゥがあります。踊るのはレスコーとレスコーの愛人です。

レスコー役の木下さんは典型的なダンスールノーブルからは外れたタイプのダンサーで、演技力はあるし踊りはうまいので、レスコーの酒瓶片手の酔いどれダンスはお手の物だろうなと予想していましたし、実際そうでした。

一方で初日のレスコーの愛人役は、いつもはキラキラオーラ満載の木村さんです。マノンの方が向いているダンサーだと思いますが、マノンは人物造形もパ・ド・ドゥもとにかく難しい役柄(ついでに相手役を出来るダンサーがいなさそう)なので、今回キャスティングされなかったのは納得です。でも、レスコーの愛人かぁ、どんな風になるんだろうと期待と不安が半々でした。

が、よく演じ、踊っていたと思います。変顔の面白さ、マノンよりも年かさでちょっとスレた感じ、呆れつつも放っておけないDV男レスコーに対する純な気持ちが感じられました。木村さんはコメディエンヌとしても才能がありそうなので、ロパートキナが楽しそうに踊っていた「ザ・グラン・パ・ド・ドゥ」もイケるのではないでしょうか。

踊る紳士役は速水さんの踊りが、群を抜いて良かったです。高級娼婦同士の張り合いシーンは初演・再演時に比べ、女の醜い爭い感がおとなしめでしたかね。以前はバシッと音が聞こえる勢いで相手を押しのけていましたので。

3幕。青空の新大陸、アメリカの港で幕は上がります。明るい日差しがあふれ、港を行く人々にも活気があります。そんなところへ、無造作に切られたざんばら髪の売春婦たちが船から降りてきます。うつむき、汚れた服に汚れた身体、栄養状態も悪そうでフラフラしています。希望に満ちて新大陸で暮らしている人々と、流刑地に罪人として送られてきた人々との対比が悲しい。

流刑者群に少し遅れて、ざんばら髪のマノンとそれに寄りそうデ・グリューが降りてきます。マノンにはもう感情が無くなったようにも見えます。そんなマノンに目をつけたのが看守。敏感に看守の視線を感じ取ったデ・グリューは、看守の目に留まらないようにマノンをかばいます。いかにも好色でだらしなさそうな看守というのではなく、

次のシーン。執務室で静かに仕事をこなしている看守。そこへ部下たちがマノンを引きずってきます。引っ張って連行するのではなく、何の反応もないマノンの両腕を持ってズルズルと引きずり、執務室に届け終わったらサッサと帰っていきます。マノンが引きずられた後の床は、きれいになっていることでしょう。バレエの主役でこんな扱われた方をされるヒロインは、マノン以外にいるだろうか、いやいない(と思う)。

気づいたら看守の執務室に連れてこられていて困惑するマノン。マノンをじっと見つめ、ブレスレットをチラつかせ、自分のものにならないか取引を持ち掛けます。マノンの眼前にあるのはデ・グリューと復縁したときにも手放さなかった、あの豪華なブレスレットです。マノンは看守の申し出を拒みますが、無力な流刑者のマノンは看守に凌辱されてしまいます。(ついでに書くと、凌辱シーンも初演・再演時に比べ、控えめな表現になっていました。)お子様には見せられない、なにもここまでやらなくてもという話の流れですが、人間の暗部を描くのがマクミランの真骨頂。はずしちゃいけないシーンなのだろうな・・・。

マノンの危機を知って、看守に執務室に飛び込んでくるデ・グリュー。熱いデ・グリューは看守とやり合い、看守を刺し殺してしまいます。マノンと出会ったデ・グリューは、神学生だった頃と大きく離れて行ってしまいましたね。マノンと出会う前の自分からは、人殺しまでしてしまう現在の自分の姿は想像もつかないことでしょう。

さぁ、クライマックスの沼地のシーンがやっときました。ルイジアナの沼地に逃げた2人。悪夢にうなされるマノン。走馬灯のように過去の出来事が想起しては消えていきます。

逃げなきゃと立ち上がりますが、マノンはもう瀕死の状態で、デ・グリューはマノンが行くところなら地の果てまでもついていくという感じです。意識がはっきりしなくなり、ふらふらとデ・グリューから離れる。残ったわずかな意識は、それでもデ・グリューを求める。

この場面は、ボロボロの状態のマノン役ダンサーが空中でピルエットを2~3回転し、それをデ・グリュー役ダンサーがキャッチする振付が見どころ。まさしくフィギュアスケート(ペア競技)の振付にインスパイアされた、マクミランの振付の妙が光るパートです。

何回か繰り返される空中ピルエット・キャッチの振付ですが、米沢マノンの空中ピルエットの回転速度が速くて鋭く、鮮烈な印象を受けました。「マノンは最後の命の炎を燃やしている。死のうとしていない、生きようとしている!」生きようとしている印象は受けましたが、それは真実の愛に気づいてデ・グリューと生きようとしているのか、それともデ・グリューの存在云々は関係なく、生にどん欲なだけなのかは分かりませんでした。

そしてだんだんとマノンの命の炎が消えかかっていくのに従い、動きも弱弱しくなっていき、ついには儚くなってしまいます。マノンの表情は穏やかで、苦悶の跡はありません。デ・グリューはマノンの亡骸を抱きしめ、号泣しているシーンで終幕です。

米沢マノンとムンタギロフのデ・グリューが予想以上に良かったので、ちょろっと書こうと思ったメモが長くなってしまいました。書くのに疲れた・・・。