2/26マノン(@新国立劇場)

新型コロナウイルスの影響で、急遽2/26で千秋楽(?)になった「マノン(@新国立劇場)」。2/26開幕前に劇場に到着した時点では、情弱なのでこの日で終わりになるとは思いもしませんでした。小野さんのマノンが観られて良かったです(感涙)。

2/22初日のメモが長くなってしまったので、今回は絶対短くすると決意のメモ。

この日は感染拡大防止の観点から、イベントの中止等の要請が政府からアナウンスされた日でした。それだけでも不穏な空気が漂っていますが、定刻になっても幕は上がらず。どうしたことだろうと思っていると、この日のレスコーの愛人役の寺田さんが降板し、代わりに木村さんがレスコーの愛人役を踊るとのアナウンスがありました。

開演前のロビーには当初の予定通り、寺田さんがキャスティングされているキャスト表が掲示されていました。ということは開場前に降板が決定していたわけではなく、開演前のそんなに時間が無い時点で降板が決定されたと推測されます。この日のレスコー役の渡邊さんと代役の木村さんは、全幕主役で何度もペアを組んでいますが、短時間で合わせるのは大丈夫なのだろうか?マクミラン振付のパ・ド・ドゥって、結構難しいし。

どうなることだろうと待ち続け、20分弱の遅れで幕は上がりました。

まずは1幕。

渡邊さんのレスコー。これは・・・、もしかしてサイコパス系の人物?冷酷で、周りの人間は自分の都合の良いように利用するタイプの人物に見えます。木下さんのレスコーより、ダークさ加減が上です。普段のダンスールノーブルを演じているときの好青年の渡邊さんは、一体どこへ行ったのか?

小野さんのマノンは、明るくてチャーミングな少女。騒がしくざわざわとした街に馬車から降り立った瞬間、周囲が明るくなったような気がしました。主役登場に合わせて照明が明るくなっただけではないと思います。

一方の福岡さん演じるデ・グリューは、世間知らずで真面目な青年風。ムンタギロフ演じるデ・グリューのマノンとの出会い演出のわざとらしさに比べ、もう少し自然な出会いシーンです。

自然な流れで好意を募らせ合い、最初のパ・ド・ドゥに移行します。福岡デ・グリューは誠実な感じがするし、小野マノンに魔性はありません。きれいでうっとりする部分あり、恋人同士のいちゃつきが微笑ましく見える部分あり。

恋人同士は情熱の高まりに身を委ね、場面はデ・グリューの下宿へと進みます。父への手紙を書くデ・グリューに近づく小野マノンは、女性らしさが増しているものの、いたずらな女の子の雰囲気もあり、絡みつくような色気はありません。

寝室のパ・ド・ドゥも素敵です。1幕の登場シーンでは田舎から出てきた青年といった風情の福岡デ・グリューでしたが、マクミランの振付の魔術のせいか、マノンもデ・グリューもすごい美女・美男に見えてくる不思議。

デ・グリューが手紙を出しに行くのを見送って、ベッドに勢いよくダイブする小野マノン。米沢マノンも結構勢いよくベッドに飛び込んでいたので、ここはこういう演出のようです。恋人を得て浮き立つ思いと、まだマノンが成熟した女性ではなく供っぽさが残っている少女であること表しているんでしょうかね。

一人待つマノンの元に、兄レスコーとムッシュGMがやってきます。レスコーはムッシュGMに妹を売る気満々、小野マノンは最初乗り気ではありません。ですがムッシュGMをものにすれば豪勢な暮らしが出来ると兄に言い含められて、狙いを定める目つきになります。

この時代は女性の自立なんて考えられない時代で、近親者の男性の言うがまま従うしかなかった女性像が見えてきます。自分の魅力を試してみたくてムッシュGMを誘うのではなく、兄の指示に従っているマノンです。

見たこともないきらびやかな宝石や、触ったこともない滑らかな衣服に魅せられ、ムッシュGMの囲い者になるマノン。ですが、デ・グリューの下宿を去る前に、心残り気にベッドを見やります。デ・グリューに対する愛は残っているけれど、ひもじい思いはしたくない、愛を捨てることはしょうがないことと、自分に言い聞かせるような風情でした。

マノンが待つ部屋に一刻も早く戻りたかったデ・グリュー。室内を見ると誰もいない。と、そこへ潜んでいたレスコーが現れ、マノンが去ったことを承知しないデ・グリューと一悶着あります。が、他人に暴力をふるって意のままにすることに抵抗感がないレスコーは、力でねじ伏せてデ・グリューに無理やり承知させます。レスコーはやはりサイコパスかもしれない。

1幕の他の登場人物について。

この日の物乞いのリーダーは速水さんです。踊りは観ていて気持ちのいいテクニックですが、見た目は髪の毛をぼさっと広がっていて本当に不潔そうです。ちょっとそばに寄ってほしくない感じ。カーテンコールでは劇中の汚い物乞いリーダーのまま通し、ゴシゴシと自分の手を衣装で拭ってから隣のダンサーと手を握っていました。

2幕の娼館のパーティ。

豪華に着飾ったマノンは、本来の年齢(っていくつなんだろう?)より大人っぽく見えます。多くの男性の視線を受けるに相応しい華やかさがあります。ですが男性陣の注目を浴びても、何も感じていないようです。敢えて感じないようにしているのかもしれません。

と、そこへデ・グリュー登場。小野マノンは福岡デ・グリューが近付こうとしても避けます。視線も合わせません。兄に言われた通りムッシュGMの囲い者になって、この世界で生きていくと決めている心を揺らがせないように。デ・グリューと視線を合わせたら、恋しい気持ちが溢れ出てきてしまうから。

 マノンに避けられても、めげないデ・グリュー。マノンと二人きりになり、マノンをかき口説くチャンス到来です。米沢・ムンタギロフ組と小野・福岡組ではシーンによってそれぞれ演じ方が違いましたが、このシーンも少々違うように見えます。

米沢・ムンタギロフ組はお金の魔力に魅せられて揺るがないマノンと、哀れに見えるほど懇願するデ・グリューでした。小野・福岡組は、デ・グリューを前にして恋心で揺らぐマノンと、マノンの恋心と良心に訴えかけるかのようなまっすぐな瞳を向けるデ・グリューという感じでした。福岡デ・グリューはマノンに懇願していないし、哀れさは漂っていません。このデ・グリューは、マノンに自分に対する恋心が残っていることが分かったのかも。なんとなく、マノンを責めている感じも受けました。

カードのいかさま行為の部分は省略します。次のシーン、デ・グリューの下宿。マノンの腕に嵌められたブレスレットのシーンです。なおもブレスレットを身に着けているマノンを責めるデ・グリュー。このシーンの小野マノンは、ハッとして、自分がいつの間にか変わってしまっていたことに気づくマノンといった感じでしょうか。やはり小野マノンと米沢マノンのアプローチの仕方は違う、と思います。

いかさま行為がバレて、ムッシュGMに射殺される兄の姿を見て半狂乱になるマノン。サイコパス風の兄でも、大切な存在であることに変わりはないようです。

2幕の他の人物について。やはり注目してしまうのは、レスコーの愛人役の木村さんでしょう。1幕のダンスシーンでこれは!と思い、2幕のダンスシーンでよくぞ踊りこなしてくれました、と。惜しみない拍手を送りたいダンサーです。

3幕。船から降りてきたデ・グリューの顔には既に泥メイクが施されていますね。最後に沼地のパ・ド・ドゥが控えていて、看守の部屋のシーンから沼地のシーンまでの短時間で泥メイクをするのも大変ですから、やむなし。そういえば、ムンタギロフは泥メイクはしていなかったような気がします。

港や看守の部屋シーンはサクッと省略して、沼地のシーン。ボロボロのマノン。横たわり、雷に打たれたかのようなポーズをとる恋人たちのシーンはハッとします。

いつこと切れても不思議じゃない感じでのマノンですが、頼りになるのはデ・グリューだけ。視力もきかなくなってきて意識も遠くなっていく中、デ・グリューだけがリアルなものとして感じられるのでしょう、マノンにとっては。

一方のデ・グリューですが、やっとマノンを独り占め出来て、何だか嬉しそうじゃないか?マノンを支えたい気持ちはもちろんあるのでしょうが、誰にも邪魔されず、愛しいマノンと二人だけのこの状況が嬉しそうに見えてしまうのです・・・。

 マノンは最後の命の炎を燃やします、デ・グリューと一緒にいるために。小野マノンにとってはデ・グリューはかけがえのない存在なのですね。そして短くも激しい一生の幕を閉じて、終幕です。

小野マノンは感情のままに動くタイプではなく、こういう風にしか生きられない時代や社会の仕組みから生まれた女性といった感じでした。

小野さんも米沢さんもそれぞれのマノン像を作り上げてくれて、お二人のマノンを観られて良かったとしみじみ感じたところで、今回のマノンメモは終了です。