世界バレエフェスティバルBプロ(8/9@東京文化会館)②

今更の感もありますが、バレエフェスBプロ①の続き。

メリッサ・ハミルトンとロベルト・ボッレの「ロミオとジュリエットより第1幕のパ・ド・ドゥ」。バルコニーのパ・ド・ドゥ。バルコニー上のジュリエットの視線と、客席に背を向けて立つロミオの視線が強く絡み合っているのが分かる。ただ2人が視線を合わせているだけなのに、何かが始まる気分が高まり、舞台上の2人に目が離せません。視線って雄弁なのですね。

ボッレのリフトは、メリッサ・ハミルトンの体重を感じさせないスムーズさ。ボッレもいいお歳なんだから、走り回ってリフトの多いロミオ役はきつかろうと思っていましたが、ボッレは劣化しない。

ミリアム・ウルド・ブラームとマチアス・エイマンの「ジュエルズよりダイヤモンド」。悪くはないです。ダイヤモンドという作品を見ると、どうしてもロパートキナを思い出してしまうので、今回の2人についてのメモは省略。

アリーナ・コジョカルとヨハン・コボーの「マノンより第3幕のパ・ド・ドゥ」。沼地のパ・ド・ドゥ。このシーンは、ボロボロになって死が間近のマノンをどこまでも支えてついていくデ・グリューの献身的な愛が見られるところです。コジョカルとコボーが演じると、コボーと2人ならどんなことがあっても、どこに行っても怖くないというコジョカルの強い愛が見えてきます。対するコボーはコジョカルマノンの強い愛を包むような、おおらかな愛をみせます。コジョカルって本当にコボーが大好きなんだなと再認識させられた演目です。

サラ・ラムとフェデリコ・ボネッリの「アポロ」。Aプロでもその良さが分からなかった「アポロ」ですが、相変わらず分かりません。ですが、2人が踊ったAプロの「コッペリア」よりは面白く鑑賞しました。

アンナ・ラウデールとエドウィン・レヴァツォフの「椿姫より第3幕のパ・ド・ドゥ」。物語を感じる。以下、略。

エリサ・バデネスとダニエル・カマルゴの「じゃじゃ馬馴らし」。男勝りのキャタリーナを余裕であしらうペトルーチオ。かと思うと反撃にあったりして、二人のすったもんだは、いつ見ても面白い。

アレクサンドロワとラントラートフの「ヌレエフよりパ・ド・ドゥ」。ブノワ賞を受賞した作品からのパ・ド・ドゥということで期待してました。が、衣装がシンプル、セットも特になくシンプルという具合で、どういった場面なのか良く分かりませんでした。ラントラートフがヌレエフ役なのだから、ヌレエフに関わる女性と言えばマーゴ・フォンテイン。ということはマーシャはマーゴ役か、というのは何となく分かりましたが。普通に美しい、愛あるパ・ド・ドゥでした。

マリア・アイシュヴァルトとアレクサンドル・リアブコの「アダージェット」。なんというか、染み入るような作品。アイシュヴァルトは表現力のあるダンサーだし、憑依型ダンサーのリアブコは作品の底流に流れるものを掬い取り、表現する感じ。って、自分でも何書いているのか、良くわかりません。

フェリとゴメスの「オネーギンより第3幕のパ・ド・ドゥ」。バレエ「オネーギン」の最後の場面ですが、女優ダンサー、フェリの本領発揮です。

タチヤーナの部屋を前にして、逡巡するオネーギン役のゴメス。その様は、自分を受け入れてもらえるか、恋に憶病になっている初心なティーンエイジャーのようです。かつてタチヤーナの恋を弄んだ、余裕のある青年の姿とは全く違います。一方のタチヤーナはオネーギンからの恋文に深く悩んでいます。

意を決して、タチヤーナの部屋に入るオネーギン。拒みたいのに拒みきれない、オネーギンに心惹かれ揺れる理性が見えるタチヤーナ。みっともなく這いつくばってもタチヤーナの心を手に入れたいオネーギン。二人の濃密な舞台に目が離せません。

ついに、オネーギンへの思いを断ち切り、わなわなと震えながら、オネーギンをまっすぐ見つめ、オネーギンからの手紙をビリビリに破るタチヤーナ。心破れたオネーギンは、ショック(と羞恥心?)のあまり一目散にタチヤーナの部屋を後にします。

一人、部屋に残るタチヤーナ。空を仰いで、泣き顔も隠さず、一心に泣いている。その様は、大人の女性にありがちな嗚咽ではなく、かといって慟哭というのとも違う感じです。幼い女の子が、ただ悲しいから人目もはばからず泣くような感じです。成熟した女性の顔の下に隠れていた、ただオネーギンに憧れて恋し、昔は表に出てこなかった少女の顔が、いま表に出てきて悲しんでいるような感じを受けました。

たった何分かのパ・ド・ドゥでしたが、全幕を観たかのような充実感でした。フェリの圧巻の演技に観客はそれぞれ自分なりの感銘を受けたのでしょう、お約束のような2回のカーテンコールでは収まらず、この日のキャストで初めての3回目のカーテンコール。

トリを飾るのは「ドン・キホーテ」。Bプロはコチェトワとシムキンです。あのフェリとゴメスの盛り上がりの後は、さすがの2人でも厳しかろうと思いましたが、想像を超えてきました。

シムキンのジャンプは軽く高く、ピルエットは軸が細くてブレず完全にコントロールしています。540を3連続して、思う存分、観客の熱狂を誘います。可愛らしい容姿のコチェトワもテクニックに不足なし。シムキンと最もバランスのいいパートナーは、やはりコチェトワだと再認識します。観客を熱狂の渦に巻き込むさまは、2009年の世界バレエフェス全幕プロの「ドン・キホーテ」を思い出させます。あの時の、地鳴りのような拍手に包まれた東京文化会館は忘れられません。この2人も3回のカーテンコールに迎えられていました。

長丁場で観るのが疲れる世界バレエフェスですが、この充実感はやはりすごいです。8/15のガラも1日だけのお楽しみということで、楽しかったのでしょうね。ちなみにガラは当選したのですが、用事があったため、定価以下の売買のみOKのサイトで売ってしまいました。購入された方が楽しんでくれれば、それで良いんです。

 

 

 

 

世界バレエフェスティバルBプロ(8/9@東京文化会館)①

今更な感もありますが、世界バレエフェスティバルBプログラムに行ってきたので、メモ。全部の演目についてメモすると長くなるので抜粋です。

オレシア・ノヴィコワとデヴィッド・ホールバーグの「眠れる森の美女」。良いじゃないですか、Aプロの「アポロ」より!「アポロ」が悪かったというより、わたしが「アポロ」という演目の面白みを分かっていないだけですけれど。ノヴィコワの弓なりに反る脚、高い甲が美しい。年齢を感じさせない可憐さの漂うお姫様でした。ホールバーグも、若々しく美しい脚のノーブルな王子でした。

ヴィエングセイ・ヴァルデスとダニエル・カマルゴの「ムニェコス(人形)」。初見の作品ですが、分かりやすくて楽しめます。

ヴァルデス演じる人形の女の子は、赤いトウシューズに赤系のスカートを身に着け、髪形はツインテールをそれぞれお団子状にして、ファニーだけどキュートな容貌。カマルゴ演じる人形は兵隊さん風で、スタイルの良さが引き立ちます。

夜になると動き出す人形の恋人たち。ファニーガール風の女の子人形は、動きもコミカル。兵隊人形のことが大好きという様子が伝わってきます。兵隊人形は、融通のきかない生真面目な感じです。2体でパ・ド・ドゥを踊りますが、朝の光が射しこんでくると、動きが鈍くなります。慌てて窓から入ってくる月の光を恋人に浴びせて、2体の幸せな時間を今一度作ろうとする。可愛くてコミカルなだけじゃない、幸せな時って長く続かないんだなぁということも感じさせてくれる演目でした。

レオノール・ボラックとジェルマン・ルーヴェの「ソナチネ」。これ、他のダンサーで観て寝落ちしたことありますが、今回は寝落ちせず。美しい演目でした。ピアノの美しい音と、若く魅力的な2人の舞が融合して、片時も目を離したくない。バランスが良く、雰囲気の良い2人に魅了されました。ボラックは個人的に好きなタイプのダンサーかも。

シルヴィア・アッツォーニとアレクサンドル・リアブコの「オルフェウス」。解説を読まないで観たので、舞台中央でヴァイオリンを持って佇んでいるリアブコが何の役柄なのか分からない。ついでに言うと、この演目が「オルフェウス」だということも忘れていたので、???と思いながら観ていました。

いつの間にかリアブコは、その昔、視覚障碍者がかけていたような黒いサングラスをかけ、アッツォーニと踊っています。サングラスをかけ、アッツォーニと手をつなぐリアブコは、視覚ではなく感覚でアッツォーニの存在を感じているように見えます。そして何だか苦悩している。物語を感じるけれど、何を表している演目だろうと上演中は思っていました。

そんな演目を、後の休憩中に作品の解説を読んで納得しました。オルフェウスが妻のいる冥界に下り、冥界を出るまでは妻の姿を見てはいけない、でも妻の姿を一目見たいと葛藤しながら、冥界の道を2人で手を引き歩んでいる場面を描いていたのだと。何も知らない状態の観客にも訴えかける、憑依型ダンサー、リアブコの表現力のすごさに感服です。

アリーナ・コジョカルとセザール・コラレスローラン・プティの「コッペリア」。コジョカルのプティ版コッペリア、似合ってました。可愛くて、踊りに余裕があり、「このダンサー、誰?」と思ったら、コジョカル。コラレスもカッコいい。

ドロテ・ジルベールマチュー・ガニオの「シンデレラ」。アシュトン版シンデレラはこの世でないどこか遠い国のおとぎ話という感じで可愛らしいですが、映画スターになるヌレエフ版は大人っぽくて近代的。ドロテがキラキラと存在感があり、まさしく映画スターへの階段を昇っていく新進スターのきらめきがありました。

タマラ・ロホとイサック・エルナンデスの「HETのための2つの小品」。ロホは劣化しない。以上。

アシュレイ・ボーダーとレオニード・サラファーノフの「白鳥の湖より第3幕のパ・ド・ドゥ」。オディールと王子のパ・ド・ドゥの場面。ボーダーのグランフェッテでダブル(トリプル?)のとき、両腕を天に向けて上げて回転するのが見もの。何回やったか定かではありませんが、フェッテの前半部分でダブル回転するときは手を挙げていたはず。ABTの白鳥の湖で、ジリアン・マーフィーが両腕を上下に羽ばたかせながらグランフェッテをやっていたのを観たことがありますが、テクニックに強いアメリカ人ダンサーはグランフェッテ時に腕の動きを加える傾向にあるんでしょうか。サラファーノフは軽くて、高い。

アリシア・アマトリアンとフリーデマン・フォーゲルの「椿姫より第2幕のパ・ド・ドゥ」。フォーゲルが若々しく、そしてアルマンの衣装が似合う。恋が成就した喜びを余すことなく情熱的にマルグリットにぶつけます。対するアマトリアンのマルグリットは病に侵されいるらしき様子が垣間見えますが、アルマンの愛情を精一杯受け止めます。このまま溺れるように幸せに浸っていられるのだろうか、という不安感ものぞかせながら。演技派な2人。

続く。

 

 

世界バレエフェスティバルAプロ(8/2@東京文化会館)

世界バレエフェスティバルAプロ(8/3)についてメモ。

暑い、長い、そして疲れた。長丁場で観るのも疲れますが、この酷暑の中、冷房きいている室内とはいえ、ダンサーもさぞ大変だと思います。

エリサ・バデネス、ダニエル・カマルゴの「ディアナとアクテオン」。明るい演目で観客のつかみはOK。ダニエル・カマルゴは540を連続して、見せ場を作っていました。

マリア・アイシュヴァルトとアレクサンドル・リアブコの「ソナタ(ウヴェ・ショルツ)」。情感のある作品です。上演された部分だけの作品なのか、もっと尺の長い作品なのか分かりませんが、他のパートがあるなら観てみたい気がします。アイシュヴァルトのファニーガラのノリの良さと、この作品でみせる情感の落差がすごい。ウヴェ・ショルツというと、木村規予香さんを思い出す。

マリア・コチェトワとダニール・シムキンの「ジゼル第2幕のパ・ド・ドゥ」。コチェトワとシムキンはバランスが良いペア。9年前の全幕特別プロ「ドン・キホーテ」のはじけた姿とは違い、情緒の世界を描き出します。コチェトワは風に吹かれるようでこの世のものではない存在感を漂わせ、一方シムキンは重力を感じさせ(動きが重たいという意味ではありません)生身の人間であることを表現します。うまい2人。

オレシア・ノヴィコワとデヴィッド・ホールバーグの「アポロ」。ノヴィコワとホールバーグは美しい。けれど、「アポロ」って、バランシンの作品の中では個人的に面白みを感じない作品です。玄人好みの作品なのかもしれません。近くの席の小学生ぐらいの子は退屈そうにしてました・・・。

サラ・サムとフェデリコ・ボネッリの「コッペリア」。かわいいけれど、なぜバレエフェスでこの作品を選んだのか・・・。

ヤーナ・サレンコの「瀕死の白鳥」。バレエフェスではどちらかというと、テクニックをばんばんみせるサレンコですが、今回は表現力で勝負。悪くはないです。

メリッサ・ハミルトンとロベルト・ボッレの「カラヴァッジオ」。暗めな照明の中、フォーメーションを変え続ける姿が浮かび上がります。コンテンポラリーは良く分かりませんが、退屈しないので見入ってしまった作品。ボッレの容姿は(遠目には)劣化しておらず、メリッサ・ハミルトンは身体能力が高い。

レオノール・ボラックとジェルマン・ルーヴェの「くるみ割り人形」。ヌレエフ版は細かいところで難しい。動きの中で、この動きの次は右に回転した方がスムーズだろうというところで、あえて左に回転するような細かい難しさ。ボラックとルーヴェの動きが回転速度、腕や脚を上げる角度などよく合っています。ボラックは正確な技術に裏打ちされた可愛らしい美しさ。ルーヴェは雰囲気がよく、もしかしたら現時点で最高の夢の国の王子様かもしれません。

オレリー・デュポンとダニエル・プロイエットの「・・・アンド・キャロライン」。オレリーのコンテンポラリーは初めて観ます。やはりコンテンポラリーは良く分からず、プログラムの作品解説を読んでから観たら、少しは内容が分かったかもしれません。記憶に残っているは、衣装の赤い靴下。

アレクサンドロワとラントラートフの「ファラオの娘」。分からないコンテンポラリーの次に来たのは、ボリショイ組のクラシック。ロシア人の伝統芸能クラシックバレエはいいなぁ。

ロシアの姐御、アレクサンドロワの元気な姿を観られるのは嬉しい。フェッテの回転速度が一定のペースを保って速く、アレクサンドロワ健在という感じです。ラントラートフはビシビシと技を決めまくります。会場は大盛り上がりで、2人の出番は終了。

タマラ・ロホとイサック・エルナンデスアロンソ版「カルメン」。技巧派であり演技派でもあるクレバーなダンサー、ロホのカルメン。強い女に扮したロホがかっこいい。アロンソカルメンは、ロシアの手足の長いダンサーによる上演を観ることが多いのですが、作品の舞台であるスペインの出身であるロホに合わないはずがありません。エルナンデスのホセは伊達男ではないけれど、もっさりした田舎者でもありませんでした。

エリザベット・ロスの「ルナ」。ベジャール作品なのでコンテンポラリーというより、モダンバレエといった方がいいのかな。すみません、疲れてきてあまりよく観てませんでした。

アンナ・ラウデールとエドウィン・レヴァツォフのノイマイヤー版「アンナ・カレーニナ」。 上演中は何の作品か分からず観ていましたが、物語を感じる作品です。後の休憩時間中に確認したところ、物語を感じるのはさもありなん、ノイマイヤー作品だったからです。

舞台上には現代的な衣装を身に着けた男女。心残りがあるような、物思いをしているような女性(アンナ)に、強引に自分に向き合わせる男性(ヴロンスキー)。2人の演劇的なパ・ド・ドゥが続く中、男の子(アンナの息子)が電車のおもちゃで遊ぶ幻影がアンナの心に浮かんでくる。ハッとして息子を失いたくない思いを溢れさせるアンナ。といった感じでしょうか。全幕を観てみたい作品です。

アシュレイ・ボーダーとレオニード・サラファーノフの「タランテラ」。この作品は大好き。テンポの速いピアノの音と、小気味のいい男女の踊りの掛け合い、ピアノと踊りの掛け合いが、とても楽しい。テクニックに不足のあるダンサーが踊ると作品の持つ軽妙洒脱さが無くなってしまいますが、テクニシャンの2人が踊ると爽快です。お祭りを盛り上げてくれる2人でした。

アレッサンドラ・フェリとマルセロ・ゴメスの「アフター・ザ・レイン」。以前英国ロイヤルバレエの映像を観たときは、ながら見で内容をよく覚えてませんが、こうしてガラで一部を観てみると情感があって素敵。40代で踊ったジゼルもジュリエットも素晴らしかったフェリは、50代になってもこんなに踊れるんだと目を見開かされます。ゴメスは見た目から受ける印象とは違い、相変わらず端正なダンサーです。しかし舞台上のゴメスを見ると、以前ファニーガラで踊ったバヤデールのニキヤ(女装姿を舞台で見せることが出来て、内心の嬉しさが滲み出ていた)の一連のパフォーマンスが どうしても浮かんできてしまいます。舞台上のパフォーマンスに集中しようとしても、あの衝撃のニキヤが頭から離れません。ファニーガラは楽しいけれど、こんな弊害があります・・・。

シルヴィア・アッツォーニとアレクサンドル・リアブコの「ドン・ジュアン」。表現力とテクニックを兼ね備えた2人が何か物語っているのですが、ドン・ジュアンの物語自体知らないので、どんな場面なのか今一つ分かりません。リアブコが一人残されるので、袖にされたんだなとは分かりますが、作品解説を事前に読んでおけば良かったと後悔です。

アリーナ・コジョカルとヨハン・コボーの「シェエラザード・パ・ド・ドゥ」。バレエのシェエラザードというとフォーキン振付のものを思い出しますが、今回コジョカルとコボーが踊るのは、リアム・スカーレット振付(世界初演)のもの。フォーキン振付の金の奴隷と寵姫ゾベイダの濃厚な色気を放つパ・ド・ドゥとは違う、恋の喜びをうたうかのような作品でした。役柄設定はコボーは金の奴隷、コジョカルはゾベイダでなのだよね、もしかして違う役柄?と思う程、フォーキン振付のものとは雰囲気が違います。コボーはヅラを取り、サイドやバックの頭髪も刈ってスキンヘッド。コジョカルのリフトに安定感があります。一方、コジョカルはコボーへの愛を隠そうとせず、ラブオーラを放ち、喜びを溢れさせるように舞う。コジョカルって分かりやすいダンサーだと思います。コボーと踊っている時が、他のダンサーと踊っている時とは段違いに輝いています。ラブオーラにあてられた演目でした。

ポリーナ・セミオノワとフリーデマン・フォーゲルの「ヘルマン・シュメルマン」。どこかで観たことあるな、フォーサイスっぽい作品だなと思っていたら、やはりフォーサイス作品。バンバン踊ってカッコよく、クスっと笑えるところもあって、セミオノワとフォーゲルに似合っていた作品でした。

ドロテ・ジルベールマチュー・ガニオの「マノンより第1幕のパ・ド・ドゥ」。この辺からかなり疲れてきて、ボケーっと観ていてあまり記憶にありません。

マノンとデ・グリューの寝室のパ・ド・ドゥです。ベッドから起き上がりデ・グリューに近づいていくジルベール演じるマノンがなまめかしさを漂わせていて、存在感あり。マチューは・・・老けた?

ミリアム・ウルド=ブラームとマチアス・エイマンの「ドン・キホーテ」。バレエフェスのトリはドン・キホーテ第3幕のグラン・パ・ド・ドゥ。キトリの衣装は黒、マチアス・エイマンの身のこなしが軽やかだった、盛り上がった、という印象です。

トータルで4時間半ぐらいかかったので、腰が痛くなるわ、眠くなるわ、疲れるわでしたが、世界バレエフェスのお祭り感はやはり良いです。大物スターがいなくて、随分小粒のダンサーだけになっちゃったねという意見もあるのでしょうが、わたしは充分楽しめたフェスティバルでした。

 

尾瀬沼経由して大清水へ

7時過ぎに桧枝岐小屋から大清水に向かって出発。尾瀬沼方面は行ったことがないので、どんな景色が待っているのか楽しみです。

尾瀬沼方面に行く道も木道が整備されています。木道の両側は笹が生い茂り、広葉樹や針葉樹が生えた普通の低山の中を進んでいく感じです。茶色と緑色でいっぱいの森の中で目に付く花は、黄色いマルバダケブキ。木道を横切って流れるちょっとした沢の流れが涼し気で、瑞々しい黄緑色の苔が生えています。

と、最初の方は森の中の景色を楽しんでいる余裕もありますが、意外に次の沼尻休憩所までが長い(見晴から沼尻休憩所までルートタイムで2時間15分位)。木道が終わり、両側を木々に挟まれた岩場を下ります。そして岩場が終わると・・・。

突然、視界が開け、山間にぽっかりと小さな湿原が広がっていました。白砂湿原に到着です。森の中の木道上では見上げても空は狭く窮屈な感じがしましたが、到着した湿原では空は青く高く、解放感を感じます。

岩場が終わって平坦になった道は再び木道が敷かれ、先へ先へと繋がっています。白砂湿原の間を通る木道には休憩スペースも設けられています。尾瀬ヶ原で終わりかけのようだったワタスゲが、ここではたくさん咲いています。尾瀬ヶ原の方では細長いナガバノモウセンゴケが多かったのですが、この辺りでは細長いものに混じって楕円形のモウセンゴケもわりあい目につきます。

さらに歩いていくと沼が見えて、沼のそばに新し気な建物が建っています。沼尻休憩所です。

階段を昇った先に大きなパラソルがいくつか設置された、ウッドデッキのテラスがあり、その先に缶ビールや清涼飲料水の自販機、店頭でアイスやお菓子などを売っています。わたしは給食で食べたことがある(と思う)クレープアイス(中に挟まれたクリームが冷蔵なら冷たく、冷凍にすれば固まってアイスにようになる)を購入(200円)。

尾瀬沼から渡ってくる風で涼しさを味わいながらクレープアイスを食べていると、桧枝岐小屋で出会った人が懐かし気に語った話を思い出しました。「何年も前に尾瀬沼方面に行ったときに、沼尻に年季を感じる休憩所があって、そこでお蕎麦を食べた。あの休憩所はまだあるのかなぁ。」

年季を感じる建物は見当たらないので、沼尻休憩所の店舗スタッフのおじさんに「お蕎麦を食べられる所があったと聞いたのですが」と尋ねてみると、

「3年前に発電機から発火して、周りに燃料をたくさん置いてあったので、火事ですべて燃えてしまいました。この建物は今月(7月)出来たばかり。今は太陽光発電になっています。お役所と水の問題で意見が合わなくて、ここで作ったものは提供できなくて・・・。」

そういえば、新しい休憩所のそばに焼けただれた木材が少し残っていました。この焼けた木片は何だろうと思っていたのです。火事で燃えてしまった跡だったんですね。水の問題というのは、塩素を入れた水でないと使ってはいけないと指導されていることのようです。そのままで美味しい水に塩素を入れるのも何だかなという気がしますし、お役所側が衛生面の心配から塩素を入れろというのも分かるし、うーん・・・。

という次第で、今のところ休憩所でお蕎麦を食べることはできません。おじさんが一人で切り盛りしていてとても忙しいらしいので、水の問題が解決してもお蕎麦を提供するようになるのかは不明です。売っているアイスや飲料は休憩所のおじさんが運んできているとのことで、懐かしいアイスのチョイスはさすがだなと思います。ちなみに休憩所のトイレも新しい。使用しなかったので中の様子は分かりません。

沼尻休憩所を後にし、大江湿原へ。シーズンには多くのニッコウキスゲが見られるという大江湿原ですが、尾瀬ヶ原同様、ここでもニッコウキスゲは終わりかけ。といっても尾瀬ヶ原より多くのニッコウキスゲが咲いています。そしてニッコウキスゲ以外の花もたくさん。コオニユリ、ヤナギラン、コバギボウシ、ミヤマシシウド、名前の分からない白い花。橋の上からは、小川の中に多くのヤマメがみえ、木道から離れた小川にはサギが1羽いました。来てみたかった大江湿原ですが、コンパクトに多くの花を楽しめました。

 大江湿原から尾瀬沼ビジターセンターはすぐ近く。

突然ですが、トイレのチップについて書いておきます。ビジターセンター近くの公衆トイレ外で、しばし荷物整理をしていました。そのあいだ観察していたたら、トイレのチップ払わない人が結構いる。それは沼尻休憩所の公衆トイレでも同じでした。荷物整理中に、トイレを利用しに来た人は5人。5人目の年配女性はチップを払ってましたが、その前の4人は払わず。チップ制に気付いていないわけではなく、チップ入れの箱をジッと見たのに無視です。どういったタイプの人が払うか否かは、年齢や見た目に関係ありませんでした。確実にチップを払ってもらう良い仕組みがないものだろうかと、考えてしまいます。強制的に徴収するようになると、チップ惜しさにそこら辺で用をたす人が出てきてしまうかもしれないしねぇ。

ビジターセンターの外には望遠鏡が2台設置してあって、燧ケ岳の山頂を見ることができます。望遠鏡を覗くと、岩っとした俎嵓(だと思う)に立っている人が見えます。今回尾瀬沼方面に来たのは燧ヶ岳の情報収集(どの登山道から登ったら良いか)のためでもありました。登頂している人を望遠鏡で見てしまうと、「登りたい!」という気持ちが強くなってきます。湿原を歩いていても暑かったのだから、燧ケ岳に登っている人たち相当暑いだろうなという気もしましたが。

肝心の燧ヶ岳登山おすすめルートですが、結局良く分かりません。山小屋の人は御池から登るのがおすすめ(登山口がアクセスしやすく、登山途中の湿原が素晴らしい)と言いますが、ビジターセンター情報では長英新道からが、なだらかで比較的登りやすいとのこと。一方で、御池からは長時間で大変、迷いやすいといった意見もあり、長英新道はぬかるみがあると言います。ナデッ窪は管理者がいない道で荒れている、見晴新道は新しい道なのでぬかるみ易いとも言います。さて、どういうルートで登って下りるのが良いのか。

ビジターセンターから三平下の尾瀬沼山荘は比較的近い。ここから先は一ノ瀬休憩所まで、ゆっくりとくつろげるところはありません。そのため、尾瀬沼休憩所で昼食をとることにします。イエローココナツカレーがおすすめと掲示されていたので、注文(確か900円)。タイ風カレーで、具は細切りのタケノコと、チキンと思しき謎の加工肉。味は普通です。

尾瀬沼山荘から先は木道があったりなかったり。そして木道は新しいものを設置工事しているものの、以前からあるものは破損しているものが多い。石を埋め込んだ階段があり、滑らないように気をつけて下っていきます。普通の山の中を下っていくように、延々と下り続けるのが想像していたよりつらくて、山小屋で出会った人の言葉を思い出します。「大清水まで行くの?頑張ってね。」とエールを受けた意味が分かった気がします。途中で湧き水の岩清水をコップで受けて、一飲み。

思ったより消耗してたどり着いた一ノ瀬休憩所内は、無人。休憩所内に虫がたくさん入り込んでいて、これなら外で休憩した方が良さそうです。

ここから大清水まで低公害乗り合いバスが出ていますが、大清水の集合時間までかなり時間に余裕があるので、旧道を下っていくことにしました。旧道は最初は瀬音が聞こえる気持ちのよいハイキングコースですが、ところによりぬかるみありで足元が汚れ、寄ってくる虫が煩い。近くの林道を走る乗り合いバスの音が聞こえてくると、バスに載っておけばよかったかという思いも頭をもたげてきます。

大清水に到着すると、あれ、あまり人がいない。14時半過ぎのこの時間帯、鳩待峠だったらハイキングや登山を終えて帰ろうという人で賑わっているはず。ここ大清水にはハイカーは10人もいません。入山の分散化を図ろうとしているそうですが、大清水に下りてくる人は鳩待峠に比べまだまだ少ないようです。

バスの到着時間まで大清水の休憩所で、同じツアーの人に草笛のレクチャーを受けたのもいい思い出です。前日、見晴近くの湿原で夕日や夜空を見ていたときに、「見上げてごらん夜の星を」の曲が聞こえてきました。レパートリーは坂本九さんの曲だけでなく色々。山小屋のスタッフさんがサービスで草笛を吹いていると思っていたのですが、実は同じツアーの人だったことがここで判明です。宿泊していた山小屋でも草笛は大人気で、教えを乞う人がたくさん集まってきたとか。一芸があるのはいいな。

旅行会社のバスが来て、帰宅の途につきます。帰りのバスは満員です。バスに乗っていると、車道を一匹の鹿がのんびりと横切っていきました。害獣扱いされている鹿ですが、随分のんきなものです。

こんな感じで尾瀬ハイキングは終了です。今度尾瀬に行くときは、満開のニッコウキスゲを見るんだ、燧ケ岳に登るんだと決意して。

水量多い三条ノ滝(ついでに山小屋)

尾瀬の温泉小屋、元湯山荘前を通って、三条ノ滝へ。

元湯山荘そばの無料休憩所(尾瀬ヶ原温泉休憩所)では、荷物を無料で預かりますと掲示があります。ザックを置いていくか迷いましたが、トレーニングのためにも背負っていくことにしました。無料休憩所のそばには公衆トイレがあり、水洗で清潔。山のトイレはチップ制が普通ですが、尾瀬のトイレは、他の山のトイレに比べて断然きれいで清潔です。同じチップ制でも、なぜこんなに違うのでしょうか?

三条ノ滝に行くまでには、平滑ノ滝という滝もあります。無料休憩所から平滑ノ滝に行くまでは、途中までは木道が敷かれた道を歩いていきます。ですがそのうち、普通の登山道の様相を呈してきて、平滑ノ滝展望台に近くなってくると、岩々っとした道になります。

平滑ノ滝は、幅広の川にゆるやかな傾斜がついたようなもの(一枚岩の上を流れているらしい)。岩でできた展望台の木々の間から、眼下の滝を眺めるような感じで観察します。岩々したところが平滑ノ滝の展望台と気づかず、「あれ、そういえば平滑ノ滝を見なかった。」ということもあるようです(見晴の山小屋で出会った人がそうでした)。

平滑ノ滝から先は、結構しっかりとした登山道です。三条ノ滝まで行程もある程度あるのですが、小さな沢を渡ったり、水が沁みだしていて雨が降った後でもないのに常にぬかるんでいる道を通ったりします。さらに大岩を越え、トラロープや鉄の鎖がかかった階段のような梯子のような木製ステップや、鉄梯子を下ったり登ったり。三条ノ滝まではおおむね下りで、たまに登りもありますが、思っていたより大変です。

ゴーッという滝の音を聞きながら歩き続けていると、三条ノ滝展望台に到着です。平滑ノ滝から45分位かかりました。登山道はほぼ一本道で、他の方面に繋がる道には道標が建てられていて迷うことはありません。

三条ノ滝展望台は、梯子を下った先にあります。平滑ノ滝展望台とは違い、ベンチも設置されたウッドデッキのような展望台で、豪快に流れ落ちる三条ノ滝を下から眺めるようになっています。

水量が多いと聞いていた三条ノ滝ですが、轟音をたてながら大量の水が流れ落ちてきます。大したことないだろうと高をくくっていましたが、想像を超えていました。展望台のベンチでゆっくりできるし、滝好きの人は一度見に行った方がいい滝です。無料休憩所から、休憩込みで2時間あれば行って帰ってこれます。

三条ノ滝、平滑ノ滝から帰ってきて、無料休憩所で一休み。思ったより行程がサクサク進み、あとは見晴の山小屋を目指すだけ。無料休憩所はさびれた感じがしますが、外に多くのベンチがあって、ここでもゆっくりできます。滝見物から帰ってきたら、ネクター(350g缶)を飲むんだと決めていたので、さっそく購入します(300円)。ふだん清涼飲料水はあまり飲みませんが、ひと汗かいた後の甘いジュースは美味しい。

無料休憩所で長めの休憩を取った後、あたりをブラブラしながら13時過ぎに見晴の山小屋へ。

この日泊る山小屋は、旅行会社が選んだ見晴地区お任せプランの相部屋です。自分で選べるプランもありましたが、どの山小屋が良いか分からなかったので、旅行会社任せにしておきました。自分で選ぶプランより1000円安くて、お得ですし。

お任せプランの山小屋は、桧枝岐小屋でした。往きのバスで一緒だった、山小屋お任せプランを選んだ人たちは、それぞれグループごとに他の山小屋に割り振られていたそうです。

到着した桧枝岐小屋では、窓からふとんが天日干しされていました。前日に泊ったお客さんが使った布団を干しているのでしょうか。山小屋にありがちなペラッペラの薄い敷布団ではなく普通のしっかりした布団なので、干すのも取り込むのも大変そうですが、天日干しされてふかふかになった布団に寝られるのは、宿泊者には嬉しいサービスです。

受付を済ませて通された部屋は、4畳の個室。宿泊者が少ない日だったため、相部屋ではなく4畳の個室を一人で使わせてくれました。嬉しいことです。

部屋に押し入れはなく、布団一式が3組、部屋の端の方に置いてあります。建物正面側に窓が一つ。(夕方になるとこの窓から西日が射してきて暑いのですが、窓ガラスを開けておくと涼しい風が入ってきました。)窓からは、尾瀬沼方面や他の山小屋に向かう人々の姿が見えます。ちなみに部屋ではWi-Fiが使えるので(館内にWi-Fiのパスワードが掲示されています)、スマホで通信できます。

部屋は畳敷きで、畳縁には「尾瀬」という漢字と「水芭蕉」の絵柄が織り込まれています。畳縁にまでこだわりがあるんですね。桧枝岐小屋オリジナル商品で、この畳縁を使ったストラップやキーホルダーが売られています。水芭蕉の絵柄がかわいいので、キーホルダーを一つ購入。

尾瀬の山小屋にはお風呂があるのが特徴の一つです。この日の桧枝岐小屋のお風呂の時間は、16:30から。(終了の時間は、18時だったか18:30だったかうろ覚えです。)お風呂が沸くと館内アナウンスでお知らせが流れてきました。16:30まで待たずとも16時過ぎにはアナウンスがあり、さっそくお風呂に向かいます。

お風呂は普通の銭湯のように、脱衣所と風呂場が扉で完全に分かれています。中に入ると、5人は楽に入れる大きさの浴槽と、水やお湯が出る蛇口、シャワーも設置されてました。山奥の山小屋のお風呂だと、蛇口やシャワーは設置されておらず浴槽から桶でお湯を汲む方式なので、「あっ、蛇口とシャワーがついてる!」と驚いてしまいます。見晴地区の他の山小屋もシャワーがついているらしく、尾瀬の山小屋はやはり他のところとちょっと違います。もちろん山小屋なので、石鹸やシャンプーなどは使えません。お風呂で出会った人とはニコニコ顔で、「山小屋でお風呂に入れるっていいですねぇ。」と話がはずみます。

17:30には夕食です。夕食も用意が出来ると館内アナウンスがあります。メニューは、白米、冷や麦、バター炒めコーンと人参・千切りキャベツ添え串揚げ2種(海老とかまぼこ、厚切りハムと玉ねぎ)、きゅうりとクラゲのピリ辛和え物、じゃがいもとさやいんげんの煮物、ナスの生姜風味煮びたし、漬物2種、杏仁豆腐という内容でした。どれも美味しい。ペロリと平らげました。同じテーブルだったお孫さん連れの人には、お孫さん用にピリ辛和え物に代えて、他のものが用意されていました。

同じテーブルの方の話によると、夜になると小屋のそばの湿原で蛍が見られるとのこと。これは行かなくては。19時過ぎに湿原で夕焼けを見て、まだ明るいので一度小屋に戻り、20時過ぎにヘッドランプを持って再び湿原へ向かいます。

晴れている日だったので、星空もさぞきれいだろうと見上げると、月の光が強くて夜空の星は思ったほど見えません。そして肝心の蛍ですが、数匹いました。

自分ではなかなか見つけられず、夕食時に同じテーブルだった方たちに、「ほら、あそこに蛍いますよ。」と教わってやっと見つけられました。そういえば、野生の蛍を見るのはこれが初めてです。蛍の居場所を教えてくれた人は、何年も前に見晴地区の山小屋近くの湿原で多量の蛍が乱舞する様を見て感動し、これをぜひ孫にも見せたいと思って来たと言います。今回は蛍の量が少なくて、自分が感動した光景を見せることは出来なかったと言ってましたが、一匹の蛍がお孫さんの手に飛んできて、いつまでもいつまでも止まっていて、お孫さんにはいい思い出になったようです。

 消灯は21時です。往きの深夜バスであまり眠れませんでしたが、山小屋のふかふかの布団で21時前には寝入り、朝までぐっすりでした。

5時前には起きだして、朝もや立ち込める湿原見学に行きます。この日は朝もやをばっちり見られ、湿原には幻想的な風景が広がっていました。前日が晴れていて、翌朝10度以下になると放射冷却で朝もやが立ち込める条件を満たすとのこと。日によっては朝もやだけでなく、白虹も見られるそうですが、白虹は次回にお預けです。

朝もや見学をしている中に、昨夜、蛍の居場所を教えてくれた人たちがいました。モーニングコーヒーのお誘いを受け、お言葉に甘えてご一緒させていただきます。湿原に一番近い弥四郎小屋の前の休憩スペースで、弥四郎清水から汲んだ水を沸かし入れてもらったコーヒーを飲みながら、消えゆく朝もやを眺める。弥四郎清水で冷やした、冷蔵庫で冷やしたように冷たくなっているプチゼリーのお茶うけまでいただいて。なんか、贅沢です。わたしもバーナーかジェットボイルを買おうかと悩みます・・・。

朝食は6時。白米、お味噌汁、焼き鮭、千切りキャベツ、オレンジ一切れ、フキの佃煮、切り干し大根の煮物、冷ややっこ、糠漬けきゅうり、納豆、目玉焼き、花豆の甘煮。少量ずつですが、朝食も美味しく残さずいただきました。

8時には山小屋を出なければなりません。帰りのバスに乗るには、15時に大清水に到着していればいいので、8時に山小屋を出ても充分間に合います。ギリギリまでゆっくりしていようかと思いましたが、6時半には朝食を食べ終え、出発の準備が終わると暇を持て余す事態に。暇持て余すより、ゆっくりハイキングしようかということで、7時過ぎに桧枝岐小屋を後にします。目指すは尾瀬沼方面を抜けて、大清水です。まだ続く。

夜行バスで尾瀬ハイキングへ

7月下旬になると例年の尾瀬ではニッコウキスゲが見頃になります。というわけで尾瀬ハイキングに行ってきた時のことを記録しておきます。

尾瀬に行ったのは、往復のバス代と山小屋がセットになったフリープランの旅行。横浜・新宿・池袋を経由する夜行のバスで尾瀬に向かいます。

乗り込んだのは22:20新宿発の深夜バス。22時を過ぎても新宿は蒸し暑い。横浜からやってくるバスを新宿駅そば(バスタ新宿ではない)で、しばし待ちます。

横浜から到着したバスは、思ったより小型のバスでした。マイクロバスほど小さいわけではありませんが、普通の観光バスやリクライニング出来る夜行バスと比べると、明らかに小さい。(これで尾瀬まで行くのはきついな・・・。このツアーに申し込むのは今後止めよう。)と思いました。乗り込んだバスは、次の停留所の池袋のサンシャインシティを目指します。

サンシャインシティに到着すると、ここでツアーの受付をし、池袋乗車の乗客を乗せて23時に出発。幸い、わたしが座っていたシートは、池袋についても隣席に座る人はいませんでした。ですが車内は結構ぎゅうぎゅう。小型のバスなので、男性2人で並んで座っているとたいそう窮屈そうです。あれでは、寝るに寝れないのでは。

バスは大清水に翌日4時到着予定、その後鳩待峠に5:30到着予定です。大清水に着くまでの間、2時間ごと位に1回、高速でトイレ休憩があります。

時間調整のためか経費節約のためか、池袋を出発後、バスはなかなか高速道に入らず、ひたすら一般道を走ります。社内消灯は23:15ですが、車窓のカーテンを閉めてもフロントガラスから光が入り、目を閉じていても明るさを感じてしまいます。そんなことが予想されたので、あらかじめアイマスクと耳栓をして用意していました。アイマスク、耳栓で光・音は気にならなくなりました。が、一方で、一般道を走るバスは道路の凹凸をいちいち拾ってガタガタと揺れが大きい。揺れのため寝付くのが困難です。

高速に入ればきっとこの揺れともおさらばだ、と我慢していましたが、高速に入っても揺れはちっとも収まりません。そういえば、とハタと気づきました。池袋サンシャインシティ出発前にバスがアイドリングストップしていた際、乗客が車内通路を歩くにつれ、バスは横揺れしていた、と。

一般道に凹凸が多くてバスがガタガタと揺れていたのではなく、バス自体の作りや経年劣化(か整備不良?)の問題のようです。ガタガタと乗り心地の悪い車は乗客もつらいですが、運転手さんもつらいのでは。事故は起こさないでおくれよ、と念じながら浅い眠りを繰り返して、バスは翌朝4時前に大清水に到着です。

大清水に到着すると、思ったよりも明るい。大清水で降りて燧ヶ岳を目指すらしき年配男性グループは早速、出発の準備をし始めます。鳩待峠へのゲートが5時に開くため、バスは4:30まで大清水で時間調整をします。ちなみに大清水の公衆トイレは水洗で清潔でした。

大清水で下車する人たちも、なぜか4:30まではバス車内で待機です。万が一、ツキノワグマに遭遇しないようにということでしょうか。大清水グループはノ瀬休憩所までの低公害乗り合いバス(5時から運航開始)を待っていたようなので、バス車内待機に不満はないようでした。

4:30になるのを待って、バスは鳩待峠に向けて出発。この時間になると、付近はかなり明るい。

戸倉でマイクロバスに乗り換えて鳩待峠に向かうのかと思いましたが、バスはそのまま戸倉を通過し鳩待峠へ。小型のバスだった理由がここで分かりました。普通の観光バスのサイズだと鳩待峠まで行けず、戸倉で乗り換えをすることになります。戸倉での乗り換えをしなくて済むように、最初から小型バスだったようです。

5:20過ぎには、鳩待峠の駐車場に到着。 既に戸倉からの乗合バスの第1号が到着していて、一般のハイカーや登山者がちらほらいました。

同じツアー参加者を観察していると、至仏山に登って到着日の午後のバスで帰るらしき人がいました。到着後すぐに登山を始め、鳩待峠からの往復で至仏山に登る人。1時間弱かけて山の鼻まで行き、尾瀬ヶ原側から至仏山に登り、鳩待峠に下りていく人。5:30前には鳩待峠に到着していて、午後のバスは14:30頃に集合なので、たっぷり9時間は自由時間があります。至仏山に登って下りてくるには充分。小型バスの乗り心地にこりごりでしたが、今後気が向いたらこういった使い方をしてみるのもいいかもしれないと思い直しました。

今日の予定は、鳩待峠から尾瀬ヶ原を横断して三条ノ滝を見に行き、それから見晴の山小屋に向かうというもの。今回は登山はせずハイキングだけなので、ゆっくりペースを心掛けました。

5:25には鳩待峠を出発です。山の鼻に向かっていると、もやがふわふわと浮いていたり、ほんの5mくらいの間はポツポツと雨が降っているのに、そこを抜けるとまったく雨が降っていなかったりといったところがありました。短い区間だけ雨が降っていたのは、もやが雨に変わったのでしょうか?

1時間も経たずに山の鼻に到着。山の鼻までに見かけた花は、白いレースのようなミヤマシシウド、黄色いオタカラコウ、青紫色のソバナなど。

早朝の山の鼻、至仏山荘付近ではツバメが何十羽も飛びまくっています。見ると、至仏山荘の軒下にいくつもツバメの巣があります。これだけの数のツバメに遭遇するのは初めてかもしれません。ちなみにこの日泊った見晴の山小屋でも、翌日朝にたくさんのツバメを見かけましたが、昼間は見かけませんでした。ツバメは昼間は何をしているのでしょう。

山の鼻には研究見本園があって、尾瀬で見られる花はたいてい植えられています。広大な湿原を歩くより、サクッとコンパクトに尾瀬を楽しみたい人におすすめな所ですが、今回は立ち寄らずに見送り。

6時半すぎの尾瀬ヶ原は、まだ朝もやが残っています。今年の尾瀬ニッコウキスゲの見頃はもう終わってしまったと出発前にネットの情報で見ましたが、探せどなかなかありません。終わりかけのワタスゲ、一輪だけのヒオウギアヤメコオニユリやコバギボウシ、ワレモコウ、アザミ、サラシナショウマが咲いています。すると木道から離れたところに、一輪ニッコウキスゲが咲いているのを見つけました。ニッコウキスゲはきれいで目立ちます。

牛首分岐からヨッピ吊橋方面へ。実は尾瀬は牛首分岐近辺から先に行くのは、今回が初めてです。一度、どこまでも続く木道をずっと歩き続けてみたい、腿の肉離れのリハビリ中なので、無理して登山をして悪化させたくない今が尾瀬ハイキングのチャンスだということで、今回尾瀬に来たのです。(肉離れ後、無理して登山ツアーに参加した結果、回復が遅れて大いに後悔したので。)

7時過ぎの尾瀬ヶ原を、牛首分岐から竜宮方面に向かう人はいますが、ヨッピ吊橋方面に進路を取る人はわたしだけ。カムイ外伝の「忍びのテーマ」を心の中で歌いながら、熊鈴鳴らして一人進んでいきます。

こっちの方面は来る人が少ないのか、木道付近の草の丈が牛首分岐までの木道付近のそれに比べて高く、ボーボーと生えまくっています。朝露をたっぷり含んだ草で、ズボンの膝から下や靴がかなり濡れてきます。牛首分岐まで1輪しか見られなかったニッコウキスゲですが、こちら方面では木道のすぐそばや草むらの中などに、チラホラと見えます。その他にもミヤマキンバイ、キンコウカも咲いていて、咲いている花の種類が多い。

ヨッピ吊橋に到着すると、「定員10名」と書いてあります。管理が行き届いた感じの橋で、危なっかしい様子は見えません。安心して渡れるヨッピ吊橋ですが、そうはいっても吊橋らしく、渡っている最中は揺れます。小学生くらいの男の子だったら、喜んで揺らしそうです。

木道を歩いていると、木道上に落ちている動物のフンは見かけますが、動物本体は見かけません。オコジョに遭遇しないだろうかと内心、わくわくしながら歩いていると・・・。

遭遇したのは、ヨッピ吊橋と東電小屋の間の木道上でマムシ一匹。さらに東電小屋から温泉小屋までの間の木道がない普通の登山道っぽいところで、またもマムシ一匹。その他、トンボたくさん。虫よけスプレーをしていたので刺されはしなかったけれど、ブンブンと周囲をうるさく飛び回るアブ。これは!というような動物には遭遇しませんでした。

この後、温泉小屋前を通って滝を見に行きます。続く。

バレエ・アステラス2018

バレエ・アステラス2018(7/28@新国立劇場)を観てきました。印象に残った演目についてだけ記録しておきます。

ノーザン・バレエの宮田彩未さんとジョゼフ・テイラーの「夏の夜の夢」第2幕のパ・ド・ドゥ。オベロンとタイターニアが仲直りして愛を確かめ合う場面です。ニクソン版「夏の夜の夢」を観るのは今回が初めてです。リフトをしつつフォーメーションを変えたりして、意外に見どころがあります。

この演目は「大人だなぁ。」と思う作品です。「大人」といっても、エロティックという意味ではありません。ほんのりとした色っぽさも時折感じるのですが、情熱に流されて自分が見えなくなっている若者の恋とは違った、穏やかでしみじみとした愛を大人が再確認しているといった感じです。

情熱的に若々しく踊ったら、また違った雰囲気の作品になるはず。大人っぽく感じたのは、ダンサーの演技力なのでしょう。アシュトン版とは違う、「夏の夜の夢」パ・ド・ドゥを観られる良い機会でした。それにしても、タイターニアの衣装は妖精の女王にふさわしい輝きのあるロング丈のものでしたが、オベロンの衣装が腰みの風なのは何故なのでしょうか。

ジュネーブ大劇場バレエ団の相澤優美さんとフリーランスのヴラディミール・イポトリフの「End  of Eternity」。プログラムによると「人生の最後の惜別を表現した作品」とのこと。長めのコンテンポラリー作品です。コンテンポラリー作品は良く分からないので、上演時間が長くなるといつの間にか寝落ちしてしまうことが多い。今回は大丈夫かなと思いながら観ていましたが、ちっとも眠くなりませんでした!

ピアノをメインとしたオケの音楽が良かったのか、コンテンポラリー作品によくみられるシンプルだけどクールな照明や演出が良かったのか。眠くならなかった理由を色々と考えてみましたが、相澤さんのダンサーとしての力に目が離せなかった、というのが一番の理由です。

相澤さんは白い大きめのシャツを身にまとい、シャツの裾からはすらりと伸びた生足が見えています。動きに従って脚についた筋肉の形が露わになりますが、筋肉の形や脚のラインがきれいで惚れ惚れします。

振付自体は、それほど目新しいという感じのものではありません。ですが相澤さんの踊りからは「この作品の世界観を伝えたい、観てもらいたい、感じ取ってもらいたい。」といったメッセージを発しているように感じました。作品の世界観はプログラムの解説を読めば何となく分かります。おそらく型だけをなぞっているダンサーが踊っていたら、もっとつまらなく感じ、寝落ちしていたのではないかと思います。ダンサーの精神性が、作品に力を与えているのではないか。コンテンポラリーダンスって、ダンサーの精神性で面白くも、つまらなくもなるものなのかもしれないと思いながら観続けていました。相澤さんのことはまったく知らなかったのですが、良いダンサーに巡り合えました。

若いダンサー2組がそれぞれ踊った、ロメオとジュリエットのバルコニーパ・ド・ドゥと、ジゼル2幕のパ・ド・ドゥ。細かくは書きませんが、若いダンサー達にこの2作品は難しいのか・・・。

米沢さんと奥村君の「チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ」。米沢さんは主役オーラが強く、軽快かつ優雅です。トリプルを混ぜたフェッテも余裕。アラベスクのポーズで後退するステップも、曲の尺をいっぱい使ってステップを踏みます。以前、外国人ダンサーがこのアラベスクでの後退部分をあっという間に止めてしまった舞台を観たことがありますが、アラベスクでの後退ステップって難しいのでしょうか?

相手役の奥村君は元気。アントルシャは細かく高く、トゥール・アン・レールはピタッ。明るい演目は、奥村君に良く似合います。大盛り上がりで二人の出番は終了です。

トリの高田茜さんと平野亮一君の「ジュビリー・パ・ド・ドゥ」。2人はスターですね。特に高田さんのオーラがすごい。

幕が開くと、舞台下手から2人が勢いよく飛び出してきて、踊り始めます。

舞台にセットは無く、舞台後ろの幕がブルーグレイのような、青みがかった薄いパープルのような色に照らし出されているだけ。後ろの幕の色合いが高田さんのチュチュの色に似た色なので、2人が背景の色に埋もれてしまうのでは?と勝手な心配をしていました。が、2人の輝きは強く、背景に埋もれるなんてことはありませんでした。

2人の踊りはグラン・パ・ド・ドゥではないので、息つく間もなくスピーディに踊りまくって、短時間で終了です。こんな短い時間の登場ではなく、もっと2人の踊りを観たかった。来年6月にNBSで英国ロイヤルバレエが招聘されますが、その時は高田さん主演の舞台が上演されると嬉しいですね。